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論文紹介 なぜ戦術の研究で「武器」ではなく、「武器体系」に注目するのか?

軍事学の研究で武器体系(weapon system)という概念が使われ始めたのは1950年代のことであり、今でも海上戦や航空戦の戦術を考えるときの基本概念になっています。これは武器(weapon)と異なった意味で使われる概念であるため注意が必要です。

一般に武器は、戦闘において人員を殺傷し、装備や設備を破壊することを目的とした機械、器具、装置をいいます。これに対して武器体系とは、一つの武器が最大の能力を発揮できるように、目標の発見、識別、測的、発射、管制などの機能を果たす装備を組織化した体系をいいます。武器それ自体の性能が優れていたとしても、迅速かつ正確に目標を探知する能力が欠けていれば、あるいは適切な射撃管制が困難であるならば、戦闘で本来の性能を発揮することができません。

体系、システムの一要素として武器を捉える必要性に関しては、1958年にFrank Andrewsが「戦術開発(Tactical Development)」という論文で指摘しています。もちろん、古くなっている部分もあるのですが、2015年に海軍戦術に関する重要な研究業績をまとめた論集に再掲載されるなど、高い評価を得ている論文です。

Andrews, Frank A. "Tactical Development," U.S. Naval Institute Proceedings, April, 1958, pp. 65-73. https://www.usni.org/magazines/proceedings/1958/april/tactical-development
Hughes, Wayne P., Jr., ed. 2015. The U.S. Naval Institute on Naval Tactics. Annapolis: Naval Institute Press.で収録、本稿ではこちらの文献を参照)

著者はソ連の潜水艦がアメリカに脅威を及ぼすリスクを予見し、いち早く対潜戦(Anti-Submarine Warfare)の戦術を研究し始めたアメリカ海軍の士官でした(Hughes 2015: 47-8)。彼は武力の行使を伴わない冷戦、あるいは武力の行使を伴う熱戦を遂行する計画を戦略と呼び、戦術を敵と対峙した指揮官が採用する戦闘の詳細な計画と捉えました(Ibid.: 48)。

著者は、当時のアメリカ海軍で導入されたばかりの「武器体系(weapon system)」の概念が将来の海軍戦術を開発する上で重要な意味を持つことになると考えていました。なぜなら、武器体系は「艦艇、探知システム、武器を全体として、つまり完全な武器体系として考えるように促すものである」ためです(Ibid.: 49)。これは艦艇の戦闘力を向上させるために、武器の性能を高めることや、搭載する量を増やすことが必ずしも最適な方法ではないということを示唆しています。

武器体系の概念を踏まえて海上部隊の指揮官が戦術を考える場合に重要なのは次の5つの事項だと著者はまとめています。

(1)味方の武器体系
(2)そのハードウェアをどのように運用可能か、あるいはどのように運用するつもりかを定めた運用手順
(3)音響状況、海象、気象、視認性などの統制できない自然環境
(4)敵の武器体系
(5)敵が自身のハードウェアをどのように運用可能か、あるいはどのように運用するつもりかを定めた運用手順(Ibid.: 50)

武器体系とその運用方法を比べることが、海軍戦術を研究するための基礎であり、これによって味方の戦術を改善する方法も解明することができます(Ibid.: 51)。

著者の説明によれば、戦術を改善する方法は二つに大別されます。一つは武器体系を改善することであり、もう一つはその運用手順を改善することです(Ibid.)。かりに運用手順を改善しないとしても、著者は武器体系の改善を行うだけで大きな成果を収めることは可能だと主張しています。

「第一次世界大戦以降に潜水艦と航空機が導入されたが、これら二つのハードウェアによって数多くの戦術の変革が起きたことが思い出される。第二次世界大戦以降では、新たな探知機器としてレーダー、新たな艦艇の分類として航空母艦、新たな武器として誘導式の魚雷滑空爆弾、投射式の爆雷、旧式の艦艇の性能を向上させたシュノーケルや電池、さまざまな水陸両用舟艇、それ以外にも多種多様な装備品の変化が、以前の戦闘で予測されなかった新しい戦術をもたらした」(Ibid.)

ただし、武器体系の見直しは、運用手順の変化に比べて時間を必要とするという特性があります。著者は1950年代当時のアメリカ海軍が潜水艦や駆逐艦を建造するために3年、空母を建造するために4年の時間をかけていることを指摘し、まったく新しい武器体系を採用しようとする場合に海軍として見積もっておくべきリードタイムが相当長期になる可能性を指摘しています(Ibid.: 55)。たとえ戦争が勃発し、実戦を通じて既存の武器体系の欠陥が発見されたとしても、それに対処するためにはかなり時間を要するはずです。

平時の海軍は戦術の開発に取り組み、既存の武器体系を前提に運用手順を作成していますが、指揮官はそれぞれの実務から得られた経験に基づいて、それぞれの武器体系にどのような改善が加えられるべきなのかを明らかにするため、継続的な努力を払うことが重要とされています。また著者は、平時にこのような戦術の開発を進めることによって、指揮官の戦術能力を向上させることができるとも述べています。

見出し画像:Mass Communication Specialist 3rd Class T. Logan Keown

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