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要介護1から要支援1?


松の内を過ぎるころ、さすがのGちゃんも寒さに悲鳴をあげ、ほったらかしてあったストーブを小屋から出して使うと言い出した。

「ファンヒーターでしょ? いきなり点火すると臭いかもよ。最初の一回は外でやったら?」
と言ったのに、
「でえじょぶだ」
自信たっぷりに室内で点火し、黒煙もくもくの異臭まみれになった。
ゲホゲホッ、言わんこっちゃない。

「バーサンが安物買うからこういうことになるだ」
って、安物なら、買ったのはGちゃんでしょ。

着火がおかしなことになっていて、ぶいーん……(三分経過)……ボッボボ、ボワッ!
みたいな感じで、点火も変だし強弱のスイッチもおかしい。

臭いだけで効かず、もしくは、うるさい上に効き過ぎという、気の毒なファンヒーターだった。
たぶん、日頃のメンテができていないのだろう。
前年の灯油が入れっぱなしだったし、シーズン終わりに燃焼させてクリーニングする等の処理もせず、そのまんま放置だったに違いない。

Gちゃんは
「これで十分だ、おお、あったけえ」
とかなんとか言って、三日ほど使ったあとで、
「オメエ、新しいファンヒーター買ってこい」
諦めたらしかった。

「灯油は危ないから、電気暖房にしたら? デロンギとか、遠赤外ヒーターとかの」
「電気代がかかる。ダメだ」
クソ。ケチケチGめ。

Gちゃんの希望はディスカウントショップで、ということだったが、少し考えるところがあって、知り合いの電器屋さんに注文することにした。
じつはGちゃんはかつて(おそらく経費節約のためと思われるが)、電気工事、家電の修理を自分でやっちゃう人だった(たぶん、違法)。
そのため、家を建てたときから、電気関係と照明が変な具合になっていた。

まず、コンセントが妙に少ない。
家の中の、Gちゃんの頭すれすれの空間に、タコ足から出た配線が何本も浮かんでいたり、玄関灯が中も外も、ものすごく暗かったり、階段と2階に照明器具がなかったり、そもそも階段に配線が通っていなかったり。
素人仕事の上にケチ基本だから、安全性も利便性も度外視である。

本人がそれでいいと思っているのなら、今まではべつにかまわなかったが、とにかく家中暗くて危険でしょうがない。
視力も足下もおぼつかないGちゃんには、さらに危険な家なのだ。
なので、できれば家の中の電気配線の工事と、照明器具の一新をはかりたいと常々思っていた。

「階段に電気つけようよ」
食事中になにげなく、話をふってみると、
「そうだ。見えやしねえ」
すんなり乗ってきたので、それよとばかりに電器屋さんに電話して、見積もりに来てもらった。
ついでに、古いファンヒーターと丸形ストーブ(Bちゃんがチャッカマンで燃やそうとした例のやつ)のふたつを処分してもらい、新しいファンヒーターを買おうというわけである。
できれば融通の利く知り合いの電器屋さんにお願いするのがいいと私は判断したのだった。

一月には電気工事が済んで、家の中が明るくなった。
階段に灯りがつき、二階に照明が引かれ、玄関の照明器具も付け替えて家らしくなり、ファンヒーターも新しくなった。

さらに、かつて「電気代がかかる」だの「バーサンがいやがる」だのと、しのごの言って、使っていなかった電気ポットもようやく出番となった。

同じころ、片付けも少しずつ進めていて、換気扇の掃除をしてくれた業者さんに頼んで、シンク下の古い調味料約200も処分した。
あまりに多くて、一度では廃棄しきれず、床下収納ぶんはまた次回、である。

Bちゃんの古い衣類も処分が続いていた。
介護施設で介護士さんに着替えをお願いするので、着脱の楽な服、肌着は前ボタンと、新規に揃えていかないといけない。

しまい込まれたまま数十年を経た服、使い古して伸びきった肌着や変色してしまってい
るものから捨てることにした。

またBちゃんはバッグフェチだったので、手提げ、袋物も山ほどため込んでいた。
高級バッグもいくつかあるが、ほとんどの高級品は箱入りで、一度も使っていない。

若い頃から、人の持っているバッグを見ると、どれもこれも欲しくなる癖がBちゃんにはあった。
誰かの真似して高級バッグを買ったけれど、高いので使うのがもったいない。
普段使い用にと、汚したり傷ついたりしても惜しくないような安物のバッグを新たに買い足し、
「安いんだもの、いいよね」
とたくさん買い、しばらくすると
「こんな安物ばかりでイヤ」
またまた高いバッグを買い、高いと思うと使えなくて安いものを買い……を繰り返した結果、百を超える数になってしまった。というわけだ。

なので、くたびれた古袋は処分に回した。中には、私の買ったものもあった。
「あんた、それ買ったの? いいわねえ」
「あげようか」
「うん、もらう」……のパターンだったように思う。

また、箱入り新品のままカビが出て、処分の憂き目に遭ったブランドもののバッグもあった。
使えばよかったのにね。
しまっておかないで。
でももう、使う人はいない。残念。
使わなくても『持ってる』だけでよかったのかな?
押し入れに、いいバッグがある、そう思ってるだけで、Bちゃんは幸せだったのかもしれない。

しかしカビつきバッグはいかん。断じて、家のなかでカビを飼ってはならぬ。年寄りの気管支の敵だ。
どんな値段だったか想像もつかないので、惜しいとも思わない。
かつて、おフランスの有名どころらしき某ブランドのアルファベットを英語読みして、筆友に
「ったくお前さんはなぁ!」
と、大笑いされたほどの私である。
捨てます。これもカビ。捨てる。という具合に、ブランド品さん複数とさようなら〜と相成った。

こうして頻繁に私が実家へ通い、ヘルパーさんのお掃除は週に一回。
冷蔵庫内の掃除をし、ドライストッカーの古い食品を捨て、独居Gの生活が少しずつ、改善されていった

しかしGちゃんの幻覚は相変わらずだった。
このころ、Gちゃんが近所の家に勝手に入って、その家の奥さんが驚いた、という事件が起きた。
なんとかせねばとは思うのだが、通い介護の限界再びで、Gちゃんの行動を制限することはできない。

そうこうするうちに1月末、Gちゃんの介護認定が下りてきた。
要支援1である。
以前、今よりずっとしっかりしていたときに、要介護1だったのに。
だめじゃん市役所。

申請を出したのは10月半ばだった。
今回はかかりつけ内科医の先生に意見書をお願いしていたので、早めに出していただいたはずである。

年末年始をはさんだとはいえ、申請から認定まで3か月半。
そして実情無視の要支援。

どうなっておるのじゃ介護認定……。

どうやらこれが、先の年み変わった基準の影響だったらしい。
できればヘルパーさんの訪問回数を増やしたい、家事だけでなく短い外出の付き添い、身体介護もお願いしたいと思っていた矢先のランク落ち、しかも要支援である。

らちがあかぬ、仕切り直しじゃ!
というわけで、即日、地区包括支援センターへ行き、区分変更の申請をしたいと言うと、
「市役所へは私が行きましょう」
職員さんが 代理で申請に行ってくれることになった。
じきBちゃんの退院、施設入所と重なる時期で、山ほどの契約書のサインや捺印、振り
込み、必要書類の準備、障害者手帳の申請、身の回りのものの準備と、バタバタしていたときだったので、たいへん助かりました。ありがとうございました。

さて、当のGちゃんであるが、このころ、たまたま病院へBちゃんの面会に連れていったとき、やらかしてくれた。

オストのことで看護師さんに呼ばれて、私が病室を離れていたほんの数分のあいだに、GちゃんはBちゃんをベッドから下ろそうとしたのだった。
ベッドガードを外し、Bちゃんの足をおろし、上半身は寝かせたままという、ヤバイ格好でベッドのリクライニングスイッチを「Up」にしようとしていた。
ヘタすりゃズリ落ちてそのまま床に激突、点滴挿管ことごとく引きちぎれて流血の大惨事、の体勢である。

慌てて駆け寄ってスイッチをひったくった。

「何してるの!」

Gちゃんは不思議そうに、
「じき退院だべ? 連れて帰るだ」
「連れて帰らないんだよ。危ないじゃんか」
「なんでよ? 歩きゃいいじゃねえか」

「歩けないってば!」
「そんなことあるけえ。バーサン、昨日も歩いてうちへ来たぜ」

……うっ……。

どう答えたらいいのだ。

『あなたが見たのは幻覚です』と言っていいのか?
『昨日は昨日、今日は今日。今日は歩けない』と言うべきか?

「……病院にいるあいだは、看護師さんの許可なく勝手にベッドから下ろしちゃいけないんだよ」

適当にごまかしてGちゃんを病室から追い出し、看護師さんを呼んでBちゃんの体勢を元に戻してもらった。
Bちゃんは何も言わなかったが、目をぱちくりさせていた。

すんでのところで発見してよかったけれど、まだあちこち管が入ってるし、ベッドから落ちれば怪我だけでは済まない。歩くどころか、起き上がるのも車椅子に移動するのも、介助の手が必要だというのに。
せっかくここまで回復したのに。冗談じゃないぞGちゃんめ。

ところがこのとき、ケア専門の看護師さんがたまたま通りかかり、
「どうされました?」
声をかけてくださった。
さきの『八人がかりでGちゃんを説得する会議』に参加していただいた看護師さんだった。

Gちゃんをナースステーション近くのソファへ座らせておいて、ちょっと離れたところで看護師さんに今起きたことと、最近のGちゃんの状態を説明すると、
「心身医療科にかかってみたらどうでしょう」
その場で心身医療科に連絡し、
「今、ちょうど医師が手が空いているので、お父さんを診てもらってはいかが?」
とんとんと話は進み、時間外ではあったが、
「お父さん、先生がちょっと会いたいって言ってますんで、お時間くださいね」
看護師さんは上手に誘導して、Gちゃんと私を心身医療科へ案内してくれた。

医師の問診があり、私への質問があり、Gちゃんの診察があって
「今、介護度はどうなってますか」
「要支援1です」
「要支援1の状態ではないですね。一度、頭部の写真、撮りましょう」

なんと、あれほど難題かと思われたGちゃんの心身医療科での診断がこれで可能になった。
Gちゃんが頑固に反対して拒んでいた、認知症専門の医師による診断である。
頭部X線撮影の結果、Gちゃんの脳が萎縮していることが判明した。

医師は画面に撮影画像を表示し、
「こことここ、こちらも萎縮してますね。全体に隙間が多く、脳の中央部にも広範囲に点があります。ここは脳細胞が壊れている部分です」

私は注意深くそれを見た。

「記憶障害だけではないですね。運動は比較的、保たれていますが、全体として、この年齢の他の高齢者に比べると脳の老化は進んでいると言えると思います」

想像していたよりGちゃんの脳はずっと悪かったんである……。

「介護の申請は娘さんがしてるんですね?」
「はい」
「早いうちに、介護度の変更の申請をしたほうがいいでしょう」
「はい、今、変更申請中です」
「意見書、私が書きましょう」

というわけで
「GちゃんがBちゃんをムリヤリベッドから下ろそうとした事件」転じて、
「Gちゃんのあらたな診断、申請」へと駒が動いた。

いい動きであった。このあとGちゃんには要介護2が下りた。
要支援1の認定から、要介護2へ わずか2か月後のことである。

Bちゃん施設に入る  に続く



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