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「ホームレス」は自己責任か

■「ホームレス」のイメージは?
 突然ですが、質問です。「ホームレス」と呼ばれる人びとについて、あなたはどう思いますか。価値判断の前に、そもそも彼(女)らはどのような人びとで、ふだんどんな生活をしているのでしょうか。そしてなぜ、どういった経緯を経て、彼(女)らはそうした生活を送っているのでしょうか。
 学生たちに訊ねると、おおむねこんな答えが返ってきます。すなわち、彼らは都会の公園や路上を不法に占拠し、昼間から酒を吞んでいる怖くて汚い存在。山形にはいない。修学旅行では、決して目をあわせてはならないと先生に教えられた。彼らが家をもたないのは怠けのせいで、あなたも怠けるとああなるぞ、とも。
 こうしたイメージは、しかし、「ホームレス」と呼ばれる人びとの実態とはズレています。まずそれは、確かに大阪や東京、神奈川といった大都市圏に集中的に見られる存在であるものの、各地の地方都市にも少なからず存在します。公式統計ではゼロになっていますが、山形市でもそうした状態の方はおられます。
 彼らはろくに働かない自堕落な怠け者というイメージで理解されていますが、実際は違います。そもそも働いて何らかの収入を得られなければ、お酒を買うこともできませんよね。では、どんな仕事を彼らはしているか。具体的には、さまざまな都市の雑業――段ボールや空き缶の回収など――に従事しています。
 どれも低賃金で悪条件の仕事です。なぜそうした仕事をしているかというと、それは彼らに住所がなく、通常の求職活動が難しいためです。彼らは公助からも排除されているため、お金がなくても居られる公園や路上、河川敷などで寝泊まりし、それゆえにその生活が周囲から丸見えになっているのです。
 丸見えのリスクは明らかで、彼らは「野宿者襲撃」と呼ばれる激しい暴力に日常的に晒されています。支援団体による聞き取り調査(2014年)によれば、東京都内の野宿者の四割が何らかの暴力――暴言や脅迫、殴る蹴る、放火など――を経験しています。時期的には夏、子どもや若者による襲撃が目立つそうです。
 
■ハウジングプア(住まいの貧困)としての「ホームレス」
 怠けとも安楽とも無縁な、低賃金労働や暴力に晒された過酷な生活というのが「ホームレス」と呼ばれる人びとの実態でした。好き好んでそうした環境に身をおく人は居ないでしょう。だとすると、彼(女)らをそうした場所へと追いやっているのはやはり社会の力ということになります。それはどんな力でしょうか。
 この力学を解き明かすために、まずは概念の整理をしておきましょう。日本で路上生活者や野宿者を指して使われる「ホームレス」とは、その語彙の輸入元であるイギリスでは、「家(ホーム)がない/不安定である状態」を意味しています。つまりそれは、路上生活者や野宿者よりも広い概念だったのです。
 この「安定した住まいを欠いている状態」を表わすため、支援の現場からは「ハウジングプア(住まいの貧困)」という概念が提起されています。稲葉剛『ハウジングプア』(山吹書店、2009年)によれば、それは「貧困ゆえに居住権が侵害されやすい環境で起居せざるをえない状態」と定義されています。
 この状態には、住まいの不安定性の高/低によりいくつかの段階があります。まず、不安定さの度合いが最大なのが「屋根がない状態」で、いわゆる「ホームレス」にあたります。路上や公園、河川敷などでの野宿状態で、厚労省調査(2022年)では3,448人(男性3,187、女性162、不明99)が該当します。
 次に不安定性の度合いが高いのが、「屋根はあるが、家がない状態」です。ドヤ(日雇い労働者向けの簡易宿泊所)、施設、ネットカフェ、サウナ、カプセルホテル、友人宅、飯場、病院などがそれにあたります。条件がクリアできれば滞在できますが、なくなれば居られなくなるため、不安定な住まいなのです。
 さらに不安定性が低いのが「家はあるが、居住権が侵害されやすい状態」です。契約を結んでいるものの、その内容が借地借家法違反といったケースです。例えば前掲書では、「施設付鍵利用契約」で借家人の居住権を侵害するスマイルサービスという悪質業者の事例が紹介されています(被害者は山形県出身の若者)。
 
■「ホームレス」の誕生、そしてそれから
 日本の「ホームレス」の人びとは8割がたが大都市圏に集中し、またその多くが男性ですが、それはどうしてでしょうか。そもそも彼らはどんなふうに生まれてきた存在なのでしょうか。それは、彼らの生活を成り立たせていたのが都市の雑業であるという点にヒントがあります。
 現代日本で「ホームレス」が社会問題化したのは1990年代、バブル景気の終わりとともに急増したといわれます。バブル下での都市建設の需要が急速にしぼみ、全国から集められた建設労働者たちが仕事を失い、同時にその住まいをも喪失します。「ホームレス=中高年男性」というイメージはここに起因します。
 2000年代に入ると、そこに新たな人びとが参入してきます。「若者ホームレス」です。前の章で見た通り、ゼロ年代というのは派遣労働が解禁され、不安定労働の若者たちが急拡大した時期でした。彼(女)らは縁もゆかりもない都市の職場に派遣され、社員寮やネットカフェなどで寝起きしつつ派遣先に通います。
 ハウジングプアという観点からすると、当然それらは不安定な住まいということになります(社員寮からは雇止めとともに追い出されるし、ネットカフェもまたお金がなくなれば居続けられない)。このように、ワーキングプアであることでハウジングプアに陥ってしまった存在が「若者ホームレス」なのです。
 中高年ホームレスが可視的であるのに対し、「若者ホームレス」は不可視の存在です。不安定であるとはいえ、彼(女)らには屋根やシャワーがあるため身だしなみを整えることができるし、ケータイも充電できます。当然ながら男女差も乏しく、一見してその人がハウジングプアはどうかはわかりません。
 これらは、私たち地方の人間とも無関係な話ではありません。地元で居場所がなく、家にも居られなければ都会に出るしかなく、そうして上京した先で雇止めにあった結果が「若者ホームレス」です。川上である地方の居場所のなさという問題が、川下の都市で現れた問題が「若者ホームレス」でもあるのです。
 
■野宿者支援のとりくみ
 ホームレス支援については、「自立生活支援センター・もやい」のとりくみが包括的です。彼(女)らは、①生活相談、②同行支援/保証人提供、③居場所づくり、と自らの実践を整理しています。ハウジングプアの人びとに必要なのは安定した住まいです。生活保護を受給できれば、それが可能となります。
 生活保護を受けたければ、役所の窓口にいって申請すればよい。しかし、現在の日本でそれは抑制されており、窓口はそれを出したがらず(「水際作戦」と呼ばれています)、社会もそれを「生活保護バッシング」という形で後押ししています。そうした趨勢に困窮者ひとりで抗うのは困難。ゆえに同行支援が行われます。
 無事に生活保護が受給できたとしても、また次の課題がたちはだかります。アパートの一室を借りるにしても、契約の際には保証人が必要です。ところが、「ホームレス」の人びとの場合、そうした誰かを見つけることは困難です。「もやい」はそこで、自身が保証人となって彼(女)らの住居獲得を支援しています。
 ところが、安定した住まいを獲得しても、なぜか再び路上に戻ってしまう人びとが出てきたそうです。なぜか。安全や安心は手に入ったものの、アパートの部屋には路上にあったような他者とのつながりやふれあい――要は〈居場所〉――がない。「もやい」はそこで居場所づくりにもとりくんでいくことになりました。
 また、ホームレス支援ではソーシャルビジネスにユニークな事例があります。「ビッグイシュー日本」の実践です。彼(女)らは、社会問題をテーマとした雑誌『ビッグイシュー』を制作し、その販売を各地の都市にちらばる路上生活の人びとに委託します。売上の半分ほどが彼(女)らの収入になるというしくみです。
 他にも、炊き出しや夜回りなど、市民社会によるさまざまな支援活動が各地で地道にとりくまれています。とはいえ、やはりこれらも対症療法。そもそもが人を排除しない、たとえそうなってもまたすぐ包摂する社会や国家が不可欠です。さまざまな共助のとりくみはそこに至る長い道のりの第一歩にすぎないのです。

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