秀山祭九月大歌舞伎

最近、中川右介著『歌舞伎 血と家と藝』、郡司正勝著『かぶき入門』を読了しました。いずれも早稲田大学関係者であるのが面白いところ。前者は歌舞伎役者に焦点を当てたもので、色々な名跡についてその歴史を紐解いてくれました。個人的には芝翫、歌右衛門などこれまであまり意識したことのない役者だったり、仁左衛門、羽左衛門など好きな役者だったりの関係性、因縁みたいなものを俯瞰出来て面白く読みました。

また、後者については、大御所の河竹繁俊先生のお弟子さん?の著作ということもあり、かなり学術的に広く深く言及されていて読みごたえがありました。200ページくらいなのですけれど、役者・脚本・作者・舞台・道具etc色々な切り口から歌舞伎を見ることができ、かつそれぞれの現在(といっても結構前の著作なのですが)までの来し方を丁寧に描写されています。2冊続けて読んだので知識が重層的になった気がする。

その『かぶき入門』を読んでいて、本来の歌舞伎の楽しみ方は脚本ではなくあくまで役者であり、それに紐づく形で(つまり役者の個性ありきで)作品や物語が展開・派生していったのだという記述が大変興味深かったです。というのも、私自身はこれまでにも書いているように、河竹黙阿弥作品が特に好きで、役者がどうこうという見方をしていなかったのです。元々好きだった仁左衛門・菊五郎に加えて、この八月で巳之助・金太郎・團子と若手層の御贔屓が増えたので、これからようやく”本来の”楽しみ方もできるのではないかと楽しみにしています。

さて、今月は珍しく月初に観劇できました。毎月幕見でいいかと思っていると何だかんだ行くのに予定を調整しなくてはならず、骨が折れたので、最初から予定しておくことにしました。黙阿弥作品が観られる午前の部のチケットを買ったのですが、結局午後の部もいずれ幕見で観に行くことになりそうです…。

今月は、(一)彦山権現誓助剱 毛谷村、(二)仮名手本忠臣蔵 道行旅路の嫁入、(三)極付 幡随長兵衛です。

(一)彦山権現誓助剱 毛谷村 は、所謂丸本もの、つまり人形浄瑠璃がもとになっている演目なのですが、一幕通して「これ人形にどうやらせるんだろう?」と思わせるものが多かったので、いつか本家のほうも観てみたいところ。例えば、敵役である微塵弾正に騙されていたことを知った毛谷村六助が、怒りのあまり庭石を踏む場面があるのですが、その時に勢い余って石が地面にめりこむのです。きっと演目ごとに床板を変えているのでしょうけれど、これは人形浄瑠璃だと表現しづらそうだな…と思いながら観ていました。

今回の毛谷村は染五郎が六助を演じています。染五郎さん、今年は氷艶もあったし来年は襲名もあるしでほんとうにご多忙なのでは…と思わず心配してしまうほどのご活躍。六助はただの好い人なだけではいけないし、ある程度力強さも必要な役どころかと思います。ほかの方のを拝見したことがないので比較できないですが、染五郎さんはやはり二枚目の悪役が一番お似合いだな、と思いました。八月の弥次喜多もそうでしたけれど、実直・天真爛漫・奔放、といった役よりもニヒルなほうが合ってらっしゃるように思うのです。

(二)仮名手本忠臣蔵 道行旅路の嫁入は坂田藤十郎と壱太郎の祖父・孫の競演、さすが大向こうさんが張り切って声を出してらっしゃいました。壱太郎さんってなんだかいつまでも処女性を求められているように見受けます。確かにお綺麗でお人形さんのようによく似合ってらっしゃるのだけれど、たとえば七之助と比べると、姫のイメージを脱却できないというか。ただ、そういうポジションも必要だろうとは思いますけれど。いつか七之助と壱太郎とで、ファム・ファタル対決なんて演目があったら素敵だなあと妄想しました。色艶で男を惑わせるタイプの悪女と、その透明感で男を虜にするタイプの聖女の対決、いかがでしょうか。脚本書きたいな。

(三)極付 幡随長兵衛が今回のお目当てでした。明治14年の黙阿弥作品。明治になって、史実に沿ったものを黙阿弥が作ったということで、それまでは時代を変えたものを演じていたとのこと。またまた八月の弥次喜多を思い出したのですが、今作についても劇中劇があって、江戸の風俗を思わせる役柄(火縄売りだとか町奴だとか)が出てきてわくわくしました。火縄売りというのは煙草に火をつけるための物売りで、売れた数で観客数を数えていたそうです。喫煙率高すぎやしないでしょうか。前半、劇中劇の中の役者さんが、酔っ払い客に芝居を中断された後に「どっからやりやしょうか?」と訊いていて、見物客一同大ウケでした。こういうみんなでどっと笑えるところが歌舞伎のいいところだなと思います。若干くどきが冗長に感じられましたが、吉右衛門演じる長兵衛が「ここが命の捨て時だ」と言った時には、さすがにほろりと来ました。行けば殺されるとわかっていても逃げないその潔さ、あわれさ、にきっと一世紀前の人々も心動かされていたのだろう、と思いを馳せました。

今月は前述のとおり午後の部の幕見と、月末に團子さんを観に国立劇場にまいります。脚本のみならず役者にも贔屓が出来てしまうと、大変だけれど充実していて楽しい。今月の備忘録でした。

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