見出し画像

愛憎芸 #41 『Uber配達員をやる/知らない景色の一翼を担う』

 1ヶ月半という限られた無職期間の最後の1週間で、Uber配達員を30配達だけやってみた。例の特大専用バックは傍から想定していたのよりも大きかったので、玄関で鞄を壁にぶつけてから出発するのが定番に。定番といっても、2日間のことでしかなかったのだが。

 Uber Eatsでは、配達員の数と注文の数、すなわち需要と供給によって、1配達あたりの単価が変わる。だから、よく晴れて過ごしやすい日には配達員も配達する気になるし人々もデリバリーするくらいなら外へ出て食事をすることを選ぶから報酬は弾まない。一方わたしが配達を始めた日のような、そこそこ寒いし小雨も降っているなんて日には、配達員の数は減るし注文はよく入るわで、それなりの報酬を得られる。そうやって「お、この配達は1000円超えるやん」と浮かれつつ配達を繰り返していたのだが、若干の疲労を感じ我に帰った頃には世田谷から三鷹まで移動していることに気づいた。三鷹て。

 三鷹では前々職で見慣れたロードサイドの光景が一面に広がっていた。マクド綺麗やな、と思いつつまたピックアップしてどうにか世田谷へ帰ろう帰ろうと工夫してたら日が暮れて、この日は25kmくらいを自転車で走ったのだった。

 電動自転車に助けられた。わたしは引越しのタイミングで自転車を盗まれているので、配達員をやるにはレンタサイクルを借りるしかなかった。レンタサイクルはみな電動なので、基礎体力が低下した今のわたしにとっては救いだ。おかげさまでどこでも行けるような木になりつつ、Uberがうたう配達員の魅力 "行ったことのない街へ行ける" も存分に楽しむことができた。

 力を失った(充電がなくなった)はずの電動自転車がそれでもなおわたしは電動自転車ですみたいな顔で走っている時の感触が好き。ほとんど自力で漕いでるはずなのに、わずかに残った電力で一応アシストしてもらいながらこの日は帰路につけたのだった。

 翌日、大学時分以来に "自転車の漕ぎすぎでお尻が痛"くなってしまったが、こらえつつ自転車にまたがり配達した。前日は北へ北へと追いやられ、ついには武蔵境市への配達依頼があってやりすぎ!と思ったので、今日はどうにか南へ南へ、せっかくだからタワマンへ配達できたら面白いなと思って頑張ってみた。思惑通り、三軒茶屋付近からコツコツ配達を積み重ね、白金や恵比寿、渋谷のタワーマンションへの配達に成功した。

 生まれてこの方タワーマンションへ足を踏み入れたことがなかったし、あんなとこ一生縁なさそうと思っていたが、失業してウーバー配達員をやってみたらあっさり立ち入ることができた。国会議事堂に社会科見学の小学生が立ち入れるのと同じで、案外どこでも何かしら大義名分さえあれば入ることができるのである。

 この時点でわたしが得た大義名分は“Uber配達員“だった。印象的だったのが、道端で遊んでいる子供達に「あ!ウーバーだ!」と言われたことだった。これは配達初日だったので、"ウーバー" になってから3時間足らずでわたしの肩書きは "ウーバー" になった。この1ヶ月半肩書きなしで過ごして(筆名の瀧本緑が唯一の肩書きだったかも)、久々に "どこどこの誰々" として呼ばれた感があったけどよくよく考えれば "ウーバー" は "どこどこ" でしかない。わたしが「この家どっちだ…?」とウロウロしているのをみた子供は「ウーバーも案外大変なんだね」と言っていた。わたしに言ったわけではないけれど。無事に配達が済み自転車に乗ろうとすると、かけっこみたいなことをしようとしていた子供のひとりがそれを制して「ウーバー行ったら始めよ」と言った。すぐにチャリンコに跨って、会釈をしてその場を去ったわたしは "ウーバー" たり得ただろうか。

 話をタワマンに戻そう。廊下の時点でディフューザーのいい匂いが広がっているタワマン、中庭みたいなのがあるタワマン、受付で名前を書かされるタワマン、そしてどこの廊下も必ずと言っていいほどカーペット。高級ホテルにでも来たかのよう。なるほど彼らはホスピタリティを買ってらっしゃるんですね。平日夕方にスタバを一杯頼んだり、タピオカを一杯頼んだり。外出を省く目的でUberを使うような知らない地平は物理的にも高いところにあったけれど、不思議と嫉妬より面白さが先行した。それは多分、自分が一度失業したことで、プライドの類のないフラットな状態だったからこそそれを "事実" として受け入れられたのかもしれない。

 ただただ暮らしという概念がもつ“幅“を感じた。タピオカブームのさなかに彼らがUberEatsからタピオカを頼めたかはわからないが、わたしが散々みたタピオカブームの景色といえばタピオカに群がり、並ぶ人々の姿であり、タピオカドリンクを手にしてタピオカの健康への影響に懸念を示す友人Iの写真である。しかし「なるほど流行ってるんだ」と平熱でスマホをポチってタピオカを買う人々のことはニュースで拾いきれない景色で、わたしも見たことがなかった。

 知らない景色の一翼を担った体験だったと思う。そこに属さないとみられない景色というのはあり、それらを見ることはこの世における喜びの一つだと断言する。だからわたしはボルダリングもやる、町中華の油でギトギトのチャーハンも食べる、ボーリングもやる、風力発電は20基くらい見た。こういうことが暇だからできたのではないということを、再び定職に就く明日から自分で証明していきます。

 生まれて初めてとどまったわたしは、結局のところ何か面白みを探して動き回っていたのだった。


■ MAGAZINE:BUTLOVESONLY Vol. 7

 短編小説は短編に収まるかわからなくなってきたので今月中は無理です。未発表にして新人賞に出したい。

 日々の日記を本当に毎日やっていく中で、ぽわぽわした文体をやめたいなと思うようになりました。だんだんと文体が変容していくかもしれません。

 春の文フリに出ることになりそうです。また書きます。

■柴田聡子『Your Favorite Things』

 めちゃくちゃかっこいい。柴田聡子は前作からDTM導入してるはずで、源さんしかりDTM導入した後覚醒できる人の曲はマジで良い。ラップ的アプローチが増えているけど声があまりにもいいのでユニゾンが気持ちいいのなんの。今年ずっと聴いてると思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?