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土のにおいのするほうへ

 もし種子に鼻があったら、彼らが感知する原初のにおいは、土のにおいであるだろう。私が故郷を想うとき、鼻腔をくすぐるのも同様に、生まれ育った農村の土のにおいだ。都会での生活でそのにおいを、感知することは難しい。種子は土の中で水を吸い込み、発芽し、地上へと身体を表出させる。太陽の光を浴び、風を感じて、植物はぐんぐん大きくなる。土から栄養を吸い取り、水をごくごく飲み干して、やがて花が咲く。散りゆく花弁の中央には、果実。種子が生命を凝縮させている。生命に満ちた種子は、親の近くの土に落下する。あるいは風に飛ばされて、どこまでも飛んでいく。偶然の着地が発芽を拒む場所ならば、彼らはコンクリートの上。革靴に強く踏みつけられ、身体が破壊される。

 私の写真家としての活動が、農業に思えてくることがある。種子としてのネガに、私は暗室の中で水と光を与えて発芽させ、それを一枚の写真になるまで育て上げる。一枚の写真は他者の目に触れられて、思いがけない体験を経験する。写真家はめぐりゆく季節の中、写真を撮り続け、種子を土に植え続ける。青森の写真を焼き続けた暗室の中には、確かに故郷の土のにおいが横溢していた。この種子が実をつけるところは、世界中どこだって故郷なのだ。

 


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