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出歯亀

いつからだろうか、道端や公園でストーンアートを見かけるようになった。
誰もが知っているキャラクターやアート作品を模したものが多く、オリジナリティを感じさせるものは少ないが、どれもなかなかの出来栄えだ。
ただ石に絵を描いただけという感じのものもあるが、多くは石の形を巧みに活かしている。
片手でつかめるくらいの大きさのものが多い。

亀を見つけたのは、用水路と小学校に挟まれた細い道だった。

両側に植え込みがあり、ストーンアートはほとんど小学校の側にある。
植え込みの中に何気なく、もう何年も前からそこにあったような顔をして鎮座している。
小学校の正門に近い方からその小道に入ると、最初はアンパンマンやらドラえもんやらキティちゃんやらといったキャラクターものが中心だ。
少し進むとムンクの「叫び」やキース・ヘリングなど、アートっぽいものが増えてくる。
どちらも多くは、三つ四つの作品がが一塊になっている。

ところがその亀は、ぽつねんと雑草に囲まれていた。
卵型の平たい白っぽい石に、黒いクレヨンで描いた亀だった。
幼児の落書きみたいに素朴な絵だったが、左右均等に整っていないところが、なんとも味があった。

その亀の表情には、見覚えがある。
そうだ、石田亀次郎さんだ。
いわゆる、とてもいい人なのだが、ちょっとばかり悪い癖があって、しょっちゅうお巡りさんのお世話になっている。
覗きや盗撮の常習犯なのだ。
痴漢や暴力のような粗暴な所業は一切ない。
ほんの出来心…というか、なかなかやめられない癖なのだ。

「もうホントに、ちらっとでいいんですよ。
さっと風がまくり上げるくらいのね。
それ以上の贅沢は何も要りませんわ」

どこそこへ忍び込んだとか、穴をあけて覗いたとか、そういう悪さは原則としてやらかさない。
階段やエスカレーターの下で待ち受けているくらいだ。
物陰に潜んだりすることも、たまにはあるのだが…

「本人には気が付かれないようにやってますから…」

「でも本人が知ったら、嫌がるに決まってるから、やっぱり犯罪的行為なんじゃないかなあ…」

そんな風に責め立てるといつも、亀次郎さんはばつが悪そうに黙り込む。
なんとかやめたいとは思っているらしい。

「たこやまさんじゃないですか」

亀次郎さんのことを思いめぐらせていると、どこからか僕を呼ぶ声がした。
聞き覚えのあるような気もしたが、人間の声にしてはどこか違和感のある甲高い響きがあった。
辺りを見回すが誰もいない。

「ここですよ、ここ、下の方」

そこにはストーンアートの亀がいるばかりだ。

「こんにちは、石田です。
亀になっちゃったんですわ。
いや違うな、石になったのかな?」

亀次郎さんの話をまとめると、こんな次第だった。

油断するとついつい悪い癖が出てしまうので、何かで気を紛らわせようと思った。
その時思いついたのが、近ごろよく見かけるストーンアートだ。
絵心は全くなかった。
小学校以来、絵を褒められたことは一度もない。
ただ、道端の作品群を見ていると面白くて、自分にもできそうな気がしてきたのだ。
何を使って描いてよいのかわからないので、とりあえず百均でクレヨンを買ってきた。
最初は猫を描いてみた。
思いのほかうまく描けた。
それから次々に、自分の知っている動物を描いてみる。
簡単なものも難しいものもあったが、描けば描くほど上達するような気がして、夢中になった。

そしてある日、自分の名前に因んで、亀を描いてみた。
今まで以上にうまく描けた気がして、手に取ってつらつら眺めていたら、いつの間にか石の亀と一体になっていたという。

「わけがわからないうちに、こんなことになっちまったんですけどね、なっちまったら実に具合がいいわけですよ。
スカート履いた女性とかが通る道に、転がってりゃいいわけで…」

亀の頭がむくっと持ち上がり、目玉がぐるりと回って上目遣いになった。

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