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#001 消えない記憶の中で

桜の葉が揺れ、
桃色から緑に変わろうとしているそんな時期。

僕は、何者でもない君と過ごす。
君は無邪気に笑いかけ、
僕はぎこちない笑顔で返す。

2人の距離は遠く、そして近かった。

あてもなくフラフラと並木を歩く2人は、
周りから見れば恋人同士に見えたのかもしれない。

実際にそうであって欲しいと願う僕の気持ちは、
君に届かず、空に消えていく。

次の季節も会おうとすら気軽に言えない歯痒さが
ぎこちなさを演出する。

風に揺れる葉音が、
そんな僕を嘲笑う。

簡単に言えれば苦労しないのにな。
ぼそっと呟いても君には届かない。

そんなことを考えては消えて、消えて、消えていく。

こんなことじゃなにも残らないと知りながらも
君との時間が過ぎていく。

そんな距離感が本当は良かったのかもしれない。
ただ続く、君との時間に満足していた。

でも、時間というのモノは時に残酷だ。

最終電車の音が、
君との時間に終わりを告げる。

またね。

と手を振る君。
その手は少し寂しげで、
掴まめばそのまま離さずに済んだのかもしれない。

閉まるドア。
ガラス越しに写る君は、
どこか遠い人のようにも見えた。

程なくして鉛の馬車は君を遠くへ連れ去った。

次の季節がやってきて、友人から
君に恋人が出来たと聞いた。

僕は内心、どこかホッとしていた。
君が幸せになれるのならそれでいいんだと。
苦し紛れに呟いて、そっと目蓋を閉じた。

窓の外は、そんな心を見透かしたように
雨がポツリ、ポツリと降り始めていた。


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