「子ども理解」はどのような経緯で保育理論に組み込まれてきたのか ー児童中心主義の保育思想ー

 現在、日本の保育において子どもの内面を理解することによって、保育者がより良い援助が可能になるという「子ども理解」中心の保育観が主流になりつつあります。では、なぜ、どのようにして「子ども理解」中心に変化してきたのでしょうか。
 今回は「子ども理解」の歴史的経緯を探ってみたいと思います。

田中によれば、1960年代半ば頃、戦後教育改革の時期に広がった「新教育」が「児童中心主義」として民間教育研究運動などの「改革派」の教育学から批判され、「科学の系統的教授」の必要性が強調された。

児童中心主義とは

 児童中心主義はヨーロッパを中心に考えられた思想であり、子どもは大人を基準にした、大人になるまでの準備期として考えられていた伝統的児童観から、子どものその時の段階に相応しい完成を目指すものとしてその固有の価値と意味を認めようとした。こうして、子どもの興味や要求を子どもの心身の発達段階に即した教育への変換が行われた。

思想上の重要人物① ルソー

「事物の教育」「人々による教育」、そして「自然の教育」
主著「エミール」(1762年)

 前近代では、人の性質は元来 “悪” であるという性悪説の児童観を前提に教育がなされており、悪を善に矯正するといった姿勢での指導は子どもに冷淡で無理解だったという。彼の教育思想は「自然の教育」を強調しており、今までの積極的な教育から「消極的教育」により子どもが持つ育つ力を十分に発揮できるように、大人は遠くから援助するような役割を提案してしている。今の日本の保育政策にもその思想の影響は強く見られることがわかる。
 一方でルソーは1717年生まれの人物で現在から300年前を過ごしている。この時から教場的な教育観と子どもに自由を与えのびのびと育てる教育観の間で日本の保育は議論を続けていると見ることもできるかもしれない。

思想上の重要人物② フレーベル

発達の連続性を指摘し、乳幼児期がその基礎となることを強調
主著「人間の教育」(1826年)

 フレーベルは現在でいう発達段階説を提唱し、教育はその発達段階に応じた「随意的教育」を提案した。随意的教育はルソーの消極的教育と同じ意図を持っており、現在の自由保育と言い換えることもできるだろう。ここで重要なのはフレーベルはこの随意的教育を命令的・干渉的教育と区別して使う反面どちらかが正しいのではなく、これらは教育の両面性であると考えている点である。

正しい教育者及び教師は、どんな瞬間にも、どんなことを要求し、規定するさいにも、同時に両端的・両面的でなければならない。すなわち、与えかつ取る、結合しかつ分割する、命令しかつ追随する、能動的でありかつ受動的である、規定しかつ解放する、固定的でありかつ可動的であるものでなければならない」

フレーベル (1826)「人間の教育」(p.26)

 僕なりにまとめると、フレーベルは子どもには発達段階があるのでその段階に即した教育をすべきであり、そしてその段階にやるべきことは自然に子どもの中から湧き出てくるはずなので自由にさせる時間がないといけないというように主張しているのではないでしょうか。子どもの発達段階に即した保育の考え方の原点であり、ルソーの「自然教育」を理論的に発展させるための裏付けとして、今でいう発達段階を用いて説明しているといったところでしょうか。

 また、フレーベルの主張の中で重要なのは方法論として提案した「随意的教育」の存在である。これまでは教育=教場的なものとしてイコールで結ばれていた関係を教場的とは対照的な随意的という言葉を教育に組み込むことで、今までの教育を教場的な教育と相対化することにより教育の地平を広げた。これは単純に今までの教育を否定するといったものではなく、教育の解釈の拡大とも理解することができるのではないだろうか。

考察
 今回は児童中心主義についてその原点と見られるルソーとフレーベルについて簡単に整理した。改めて要約するとルソーは子どもには自ずと育つ力が自然と備わっていることを主張し、フレーベルはその重要性を現在でいう発達段階の存在を強調することにより、それまで主流だった教え込む教育とは別の、子どもの能動性を信じ自由な時間を設けることにより新たな教育の考え方を可能にした。現在もこの思想は根強く、特に保育現場では無意識のうちにこの原理に則って実践してしる園も多いことだろう。さて、これらと私の主題である「子ども理解」はどのように接続していくのでしょうか。今後も勉強を続けていきたいと思います

参考文献
田中敏明編著(1991)「新しい保育・理論と実践」ミネルヴァ書房

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