見出し画像

『OVER HEAVEN』を読んで困惑した話(本の感想・今月の本)

こんにちは、とらつぐみです。

今月の本は『OVER  HEAVEN』(著:西尾維新、原作:荒木飛呂彦)です。


黒く質感ある紙のカバーに描かれたDIO様
カバーの下は金の箔押しがされていて雰囲気があります。


この小説は、荒木飛呂彦先生の漫画『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズに出てくるご存じラスボス「DIO」が書いた日記の再現、という設定の西尾維新先生の小説です。

(DIOの日記:ジョジョ6部に登場する。「天国」へ行くための方法が記されていたが3部終了後空条承太郎に燃やされた。「カブトムシ」が5回も出てくる秘密の言葉はあまりに有名。)

*注 この小説の性質上ジョジョ1部、3部、及び6部の内容にめちゃくちゃ触れます。以降、ジョジョの該当シリーズを読んだ/観たことがある方向けに書きますのでご了承を。

6部アニメはいいぞ。↓



ジョジョ1部に狂っている友人から「私にとって都合が良すぎる」「聖書」と噂を聞いていてたのですが、その友人と会う前たまたま行った本屋に置いてあったのを見つけ、(「引力」を感じて)買いました。

DIOの日記は3部時点のDIOが書いた日記・回顧録なので、原作時系列では3部開始〜最終決戦手前です。

これを読み終えた感想としては「いったい私は、何を読まされていたんだ(困惑)」というものでした。

困惑、といってもその小説への疑問や不満ではなく、「何かすごいものを読んだのだけど何を読んだのかわからない」といったものです。

この記事では、その困惑した気持ちを言語化する意味も込めて、本の感想を好き勝手書いていこうと思います。


*注2  正確には1部→ディオ、3部→DIO 表記ですが「1部と3部の連続性」を加味して「ディオ」表記にしているところもあります。



困惑ポイントその1  DIOの天国への執着がすごい


この本は、3部時空で話が進みながらも、ディオによる幼少期から1部ラストでジョナサンの身体を奪うまでの回顧録が中心になっています。

そして、序盤からとにかく「天国」への執着がすごい。

正直な話、6部で「天国へ行く方法を記したDIOの日記」という話を聞くまで、「DIO」と「天国」というワードは結びつかない、どころか一番縁遠いもののように感じていたので、そこがまず困惑です。

そんな彼と「天国」との出会いは、母親から。貧民街に生まれながら、敬虔に神を信仰し、近所の子供に施しを与えたりと「与える者」であった、と語っています。

そんな母をディオは軽蔑していたが、「天国」というものが意識の中に芽生えていき、天国への執着が人間の道を外れていくうちにどんどん大きくなっているのが怖い。

ジョジョシリーズでは「ゲロ以下の匂いがプンプンする、生まれついての悪(談:スピードワゴン)」と言われているので、どちらかといえば地獄の方が似合う男。

でも、だからこそ、ディオ自身、「自分を悪だとは思っていない」ので「自分でも天国に行く方法ある」と考えているのです。

もっといえば、「与える者」である母ですら行けなかった(であろう)「天国へ行く」ということを、吸血鬼になりジョナサンの身体を奪った今成し遂げたい、何故なら自分は「奪う者」だから

何食ったらそんな思考になるんだという感じですが、「DIO」と「天国」という6部を読み始めた時の違和感がクソデカ執着によって回収されていく、というのが一つ目の困惑ポイントです。


困惑ポイントその2 ジョナサンへの執着がクソデカすぎる

さて、先ほどもちらっと触れた「奪う者」というフレーズですが、「奪う者」「受け継ぐ者」という概念が、この本では執拗に出てきます。

幼少期から始まった回想は、ジョースター家の養子となりジョナサンと過ごした日々に至り、そこでディオは執拗にジョナサンを「受け継ぐ者だ」と言います。

「受け継ぐ者」というのは無論、「自分では何もせずぬくぬくと財産を受け継いでいる」という風にある種見下している言い方なわけで、それに対抗して彼の自称が「奪う者」となっているともいえます。

ジョジョシリーズの魅力は「血縁」やその他縁により受け継がれる「黄金の精神」な訳で、その意味で「受け継ぐ者」をdisるディオはジョナサン(&ジョースター家)と完全に「相容れない」わけです。

しかしわたしは既に、そう思っていた相手に、ジョナサン・ジョースターという貧弱な男に、三度敗北している。
一度目は殴られ。
二度目は燃やされ、貫かれ。
三度目もまた、燃やされ、貫かれ。
四度目はーー痛み分けだったが。

『OVER HEAVEN 』123ページより

 だからこそ、そんなジョナサンに4度も負けたのは相当トラウマになってるんだろうな……

 だから、言ってしまえば誰のボディでもよかったーージョナサンの肉体をあえて乗っ取る必要はなかった。(中略)
 そんな理屈を重々承知した上で、わたしはそれでも欲しかったのだ。
 ジョナサン・ジョースターの肉体が。
 欲しくて欲しくてたまらなかった。一ーそれほどまでにわたしはあのとき、ジョナサン・ジョースターという存在を、宿敵を、尊敬していた。

『OVER HEAVEN』233-234ページより

 急に何!?いつの間に「尊敬すべき宿敵」になったの!?

...…『恨みを晴らすために!』
『ディオ! きさまを殺すのだ!』
 その見得を聞いたとき、わたしは心の大部分で『くだらん!』と思ったが、しかし残りのほんのわずかな部分で、嬉しくも思ったという事実を、このノートに書いておかないわけにはいかない。
 あのジョナサンにーー常に紳士であることを旨に生きてきたであろうあのジョナサンに、そんな台詞を言わせたことは、わたしにとって、ひとつの達成感でもあった。

『OVER  HEAVEN』255-256ページより

 ええ......???(困惑)


……少し整理してみましょう。

ディオの「自分は『奪うもの』だ」という語りは、ある種、ジョナサンへの劣等感の裏返しとも取れるのではないでしょうか。

受け継ぐべき財産があり、尊敬すべき父がいて、呑気に生きていても運が向いてきて(これに関しては「お前が乗っ取りを企んだのがそもそもの始まりだろ」とジョナサンは言うだろうけど)。

精神的には自分が勝っていると思っていても、支配下に置こうと虐めたら逆に泣くまで殴られたり、いざ人間を辞めたら相討ちになる「覚悟」まで決めて立ち向かってきたり。

つまり

たまたま「受け継ぐもの」だからぬくぬく暮らしているけど本当なら俺の方が上のはず

→だから「奪って」やる。

→でも何故か肝心なところで、ジョナサンの「爆発的な精神力」に負けてしまう

→敗北感を超えて尊敬すらしてしまう

ということでしょうか?


......なんだこの日記は? ディオのクソデカ感情回顧録か???

劣等感は英語で言えば「inferiority complex」、complex というのは「複雑な」という意味を持ちます。

1部から続く、ディオのドロドロしてドス黒くて複雑なジョナサン(とジョースター家)への感情をひたすら読まされたことがもう一つ大きな「困惑」の正体です。


困惑ポイントその3 「悪のカリスマ」で吸血鬼なのに人間臭すぎる



困惑ポイントは他にもあったのでいくつか書くと

・言い回しがいちいち大仰でなんか面白い。1部のディオを思い起こせる。本文中で「このディオが」と30回も言っている。

・「ジョースターは侮れないけど部下に任せておけば大丈夫やろ(意訳)」と言ってたのにどんどん部下がやられていって焦って行く描写が人間臭くていい。

・「天国」に行く方法を探すため部下を「こいつは信頼できる友になれるだろうか」と考えてたのに、結構信頼できるのはプッチだけだったのが人望のなさが現れていていい。

・あとプッチの真似をして素数を数えるDIOで耐えられなかった。

....…という感じで、不死身の吸血鬼、悪の化身「DIO」ではあっても時々人間の「ディオ」が顔を覗かせるところがあり、そこも困惑ポイントでした。

ジョジョ既読で本作は未読のあなたも是非、この本を読んで一緒に「困惑」しましょう。



--
『岸辺露伴、ルーブルへ行く』の漫画がいくら書店を探しても見つからない今日この頃(とらつぐみ・鵺)