メイドカフェでバイトしてた時の話

四月の夜、僕はまた路上で歌っていた。

もう昼夜問わず暖かくなっている頃だったので、ずいぶんやりやすくなっていた。

高架下で、誰も知らない歌を歌って、知らない酔っ払いが少し聴いて、すぐに去っていく。そのルーティンは心地良かった。たまに声をかけてくれたり、お金をくれるひともいた。

その日も延々と歌っていた。

しかし気がつくと、誰も高架下を通らない時刻になっていた。

誰も聴いていない時間も嫌いではなかったのだが、その日は早めに終わることにした。

そう思った矢先だった。男がひとり高架下に入ってきた。


業界人のようなメガネに逆立った髪は、なんとなく僕のイメージする「テレビのプロデューサーっぽさ」があった。男は僕に和やかに話しかけてきた。

「兄ちゃん、いつもここでやってんな。いい感じなん?」

「えぇ、まぁ、いいですね」

何がいいのか分からないまま、僕は答えていた。

「なぁ、わし、そこでメイドカフェやってんねんけど、昼間来て歌わへんか?給料も出すで」

「メイドカフェですか。聞いたことはありますけど……でも、そもそも僕いります?」

「生演奏があるカフェにしたいねん。興味無いか?」

「いえ、そんなことないです。全然やります」

興味があるというのは嘘だったが、僕はふたつ返事でOKした。

プライドやこだわりなんかは完全に無くしていたので、給料が貰えればなんでも良かったというのが本音だった。

「今ひまか?店がどんなんか見に行こうや。こんな時間やったら店、誰もおらんから」

僕は男の後に着いていくことにした。歓楽街の方面に僕たちは歩いていった。

ここから先は

3,326字

¥ 300

音楽を作って歌っています!文章も毎日書きます! サポートしてくれたら嬉しいです! がんばって生きます!