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滞独日記「ナチスの歴史から考える環境運動」

ドイツに住んでからは、世界の歴史が、自分が生きている今と地続きになっているものだと思えるようになった。

いまはナチスの歴史にとても興味がある。過去の負の遺産から今に置き換えて注意したいと思うことがある。

環境問題との関わり方だ。

ドイツでは若い人たちの環境問題に対する意識が非常に高い。10代の少年少女たちが気候変動にたいする抗議を街頭でおこなうほどだ。

ぼく自身は自然が大好きなので、自然環境と共存しようとする意識が若い人たちの間で広まるのは、自然に生かされている身として賢明なことだと考えている。一方で道を踏み外すと危ういと感じた。

たとえば、こういう言い回し、振る舞いをする人たちが現れてきたら僕は注視したい。

「プラスチックは悪である」

「肉を食べている奴ら」

すなわち他者を悪者にしたり、人に優劣をつけたりする組織やリーダーやメディアが出てきたら注意しなければならない。こういった考え方が他者を攻撃する源になるからだ。

本来、物事に善し悪しも優劣も存在しない。あるヴィーガンの人が「肉を食べるのは環境に悪い!」と主張しているとする。でもお肉が好きな人にとっては、そのお肉は自分のお腹を満たしてくれる最高の食材だ。

他者への攻撃が加速すると最悪の場合、人権を侵してしまう。

ナチスはユダヤ人を大虐殺し、20世紀を戦の世界へと進めた組織だ。第一次世界大戦の敗戦国として多額の賠償を求められ、困窮した生活を送っていた人々に対して、「ドイツ国家のために!」とナチスは呼びかけた。

その結果アイデンティティや人生の意味を求める多くの若い人たちがナチスという社会運動に参加した。

日本はドイツよりも政治が身近なものではないので、どちらかというと会社をつうじた社会運動や環境運動がそれにあたるのではないかと思う。

こういった社会運動の中で「ユダヤ人はネズミである」「ユダヤ人を根絶やしにする」というような言葉が使われるようになる。

ナチスという組織やメディアが群衆を先導し続け、1938年には水晶の夜という事件が起きた。

水晶の夜はドイツの各地で発生した反ユダヤ主義のデモであり迫害だ。ユダヤ人が居住する住宅地域やシナゴーグを襲撃、放火した。

このとき数百近いユダヤ人が殺害されただけではなく、30,000人近くが逮捕され、強制収容所へと連行された。後にユダヤ人の大虐殺につながった負の遺産であり、心の痛む、ついこの間の事実だ。

拡大解釈と思われるかもしれないが、ナチスの拡大と環境デモのような運動は、どちらも若い人たちの間で熱狂が生まれて広まった点で、構造として共通しているところがある。だから、群衆を扇動するようなリーダー、組織、メディアが現れるとこわいなあと思ってしまうのだ。

ぼく自身も持続可能性や気候変動を話題にすることがあふ。

善悪や優劣は自分のものさしから見た思い込みでしかない。他者を攻撃しないように意識してなければ。


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