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4日目 ただ在る…Beの時間

ただ在る…
そんな感覚がいいのかもしれない。
Being(在ること)と言われたりもする。

その反対がDoing(すること)。
そう。何かをしているDoの状態…

日々、何かをしている感覚はなくとも、
休みの時間やオフの時間でさえ、
何かしらをしてしまっている状態は多いと思う。

ただぼんやりしたら、ただぼーっとしたり、
なにかそんな時間って少なかったり、減ってしまっている。
意識してそういう時間を持つようにしなければ、
無意識になにかをしてDoで埋まってしまう…
だから、常に何かをしている状態に近くなってしまう。
それはやはり個人差はあるにしても、多少なりとも疲れることだと思う。

ほんのちょっとした隙間の時間。一瞬の時間でさえ。
スマホを手にとってしまうことは多いと思う。
そんな何気ない1つ1つがDoであり、
能動的であれ受動的であれ、何かをしている状態を生む。

そういったDoの時間をリラックスしたり楽しむことも
大切なことで豊かな時間である 貴重な時間である

でも一方で、
やはり心静かに穏やかに安静にして、ただ休む。
そんなくつろぎの時間、ゆるむ時間は必要で大切なはず。
特にリラックスが苦手だったり、
何かしらに集中する時間、緊張する時間がある人や、
いろいろな事柄や情報に触れて、多くを受けとってしまう人。
それは自分にとって楽しいことであっても。
休む時間、情報を処理する時間、神経を1度静める時間。
そんなリセットの時間は不可欠ではないかと思う。

そのために、ただ在るだけの時間。
素の自分がただあるがままに存在しているだけのような…
何かをしているのではなく、ただそこにいる。ただここにいる。
ただ何もせず、ただ在る、自分が存在としてあるだけ…
そんなBeの時間があるといいのだと思う。

ただリラックスをして、脱力をして、くつろいでいる。ゆるんでいる。
そして、ただ在るだけの感覚でいる…
そんなBeの時間が少しでもあると良いし、
そういう時間を持つ、つくるようにしてみるのも大事だと思う。
そして普段から、ただ在る感覚…Beの状態をベースとして
過ごすことができるようになると最高だと思います。

自分もリラックスが苦手で、いつも何かしらしてしまっていると思う。
避けようとしたり、減らそうとしたり、工夫はしているつもり。
でも、それでもDoになる時間は多いし、
あれこれ日々日常の普通にある情報や刺激に
疲労してしまってつらい感覚もある。
人が多いところはつらいし、物音が騒がしいところもつらい。
いろいろ街にある視覚的な情報。広告や照明や文字や…
五感が反応してしまうような刺激も疲弊する。
そういう場所は極力避けるようにはするけれど、
それでも手元にはスマホにPCにテレビに娯楽に…
気をつけていても、
知らぬ間にDoの状態になってしまうものであふれてるから…

特にしんどいときや疲れているとき…
少し敏感で感受性が高い人には、
ときに情報や刺激から離れて、Doの状態から離れて、
ただBeである時間…
ただ在るだけの時間…
そんな休みの時間。一息つける時間。
ただの自分に戻る時間…
安らぎや癒しの時間があるといいなと思います。

心と体が健やかでありますように。


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