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危険な脳のダメージ2 セカンドインパクトシンドローム

・致死率50%以上の恐怖

かつて、あるアマチュア武道競技でこのような事故が起きました。

大学生男子が試合に出場、相手選手の打撃を顔面に喰らって意識消失(ダウン)するも、すぐに意識が回復し、立ち上がる。セコンドは「まだ取り返せる!行け、行け!」とGOサインを出す。大学生は相手選手に向かっていったところ、再び顔面に蹴り技をもらい2度目の意識消失。救急搬送されるも、その後、帰らぬ人となった。

これは「セカンドインパクトシンドローム」強く疑うべき事例です。

セカンドインパクトシンドローム???
初めてその名を目にする方もいらっしゃるでしょう。

「最初の頭部への衝撃で脳振盪などを起こし、その後、短期間(0~30日)で再び脳に衝撃が加わることによって取り返しのつかない重篤な症状を引き起こす症候群」

とされており、

セカンドインパクトシンドロームの致死率は50%以上、助かったとしても後遺症が残りやすい非常に危険な病態

なのです。


・2度目は相当ヤバい

セカンドインパクトシンドロームの発生機序に関しては、まだまだ未解明な部分も多くあり、セカンドインパクトシンドローム自体、学術的には議論のあるところではありますが、以下のような説明がなされています。

1)脳震盪が起きると、脳細胞の軸索(じくさく:情報を伝達するコードの部分)が無理矢理引き伸ばさる。

2)脳細胞から神経伝達物質(細胞間に情報を伝える物質)が過剰に放出される。

3)脳細胞の代謝に変化が起き、細胞が脆弱な状態に陥る。

4)代謝が正常に戻る前に、また脳に衝撃を喰らうと、一度に大量の脳細胞が壊れてしまう。

以上が発生機序ではないか、と考えられています。

 セカンドインパクトシンドロームにおいて「2回目の受傷時には、ほとんどの症例で急性硬膜下血腫が見られた( Cantu RC. J Neurotrauma. 2010)」との報告もあり、初回衝撃の際に、画像検査ではハッキリと出ないレベルの微細な出血があった可能性も示唆されています。

 また1度目の衝撃で脳細胞における電解質異常が起き、脳細胞がパンパンに腫脹して、2度目の衝撃で破裂するのではないか、という説もあります。

詳細は今後の研究によって明らかになる部分も多いと思われますが、本講義の目的は「現場で知っておくべき医学知識」です。


「短期間で脳に2度目の衝撃を受けるのは極めて危険」

現象面から、これは間違いないですので、徹底周知しておきたいところです。

・フィギュアスケートでの事故

 医療現場やスポーツ現場での諸問題は、時に「局所的」になりがちです。つまり「健康や安全を守る」という観点からすれば全国民に知識として共有されるべき内容であっても、一般社会に広く知れ渡ることなく、「知っている人は知っている」というような状況があります。

 そんな中、脳震盪、そしてセカンドインパクトシンドロームの危険性が広く一般に知られるきっかけとなったのが、フィギュアスケートの羽生結弦選手に起きた事故です。

 2014年11月8日、中国上海で開催されたグランプリシリーズ第3戦男子フリー直前の公式練習中、羽生選手は他の選手と激突。仰向けになったまま意識を消失しました。幸い、意識はすぐに回復したものの、その後、演技を遂行し、2位となりました。

 羽生結弦選手の怪我をおしての出場に「金メダリストの意地」「感動した」「メンタル強い」などの賞賛の声が上がった一方、脳のダメージの危険性やセカンドインパクトシンドロームのリスクを知る専門家からは「出場させるべきではなかった」との声が上がりました。

 ここではその是非を論じませんが、ただひとつだけ、この手の議論は「結果に左右されがち」であることは忘れないでおきたいものです。(もし大惨事になっていたら、あるいはこの大会が選手生命の終焉だったとしたら、おそらく世論は「なぜ出場させたのか?」に大きく傾いたと思われます)

 羽生結弦選手に限らず、現役スポーツ選手は「出場の意思」を示すことが多いです。その日、その時、その舞台に向けて、長年準備してきていますから、「やる?やらない?」の状況になれば、「やる!」を選ぶ傾向にあります。これはある意味アスリートとしての本能に近いと言えるでしょう。

  しかも衝撃によって「脳が揺らされた後」ですから、その判断には「冷静さ、客観性」が欠如していると考えるべきです。つまり出場の可否を「ダメージを受けている本人が判断する」というのは、不具合が起きたコンビューターに正しい計算をしろと言ってるようなものですね。

こちらでも情報共有した通り、

脳が揺らされた場合、頭を打った場合、
本人の言う「大丈夫」は大丈夫ではない

ですから、あくまでも大会ドクターらメディカルスタッフによる医学的判断に基づいて、

「競技として、団体として、大会のシステムとして、選手のライフをどう守るか?その上で、選手の出場の可否をどうしていくか?」

というシステム構築と共に考える必要がある、ということです。

たとえば、ラグビーにおいてはこのような基準があります。

ワールドラグビーは、エリートラグビーのゲームにおいて、脳振盪の既往がある選手と脳振盪の症状がある選手は、「最低12日間は休養しなければならない」と定めました。脳振盪の既往のある選手の競技復帰にはICC(Independent concussion consultant)の承認が必要となります。   

Japan Rugbyより引用
 https://www.rugby-japan.jp/news/51489

世界が今、このような潮流にあることを認識した上で、各ジャンル、各競技での脳震盪の予防、対応、基準、システムが整備されることを望みます。

・羽生結弦選手のスポーツ安全における功績


羽生結弦選手の身に起きた危険な事故ーーー。

当時のご本人の苦しみ、肉体的のみならず心理的ダメージは計り知れないものがあります。その一方で、羽生結弦選手という大きな存在が脳震盪、そしてセカンドインパクトシンドロームについて多くの人が考える契機になったのも事実です。(ニュース映像は時にリスクの見える化でもあります)

選手たちは「頭を打つかもしれない」と認識するだけで、衝突防止の意識が生じますし、それまで「想定外」だったことが「想定内」になります。外から見えない変化かも知れませんが、アスリートやスポーツ実践者にとって「この違い」はかなり大きいです。

この事故を受けて、国際スケート連盟は「氷上の救急医療に関する規定」を発表。

(1)医療スタッフが、試合中は4人、公式練習中は2人、リンクサイドの両脇に待機する。
(2)医療スタッフが緊急と判断した場合、氷上に立ち入ることをレフェリーに無線で告げ、必要と判断すれば選手を医務室に運ぶ。

 numberより引用
 https://number.bunshun.jp/articles/-/836156#goog_rewarded

 このように再発防止への大きな一歩となりました。医療スタッフが医学的な基準から客観的に判断できる。これはライフファーストの観点から言えば、非常に有意義なシステム変更です。

このように業界のルールやシステムに変革が起きたのも、脳震盪の危険性や変革の必要性が一般層にも広く伝わったからです。

これがもし頭をぶつけて転倒したのが羽生結弦選手ではなく、私であればまずニュースになりませんし、さしたる影響もありません(というか、その前に舞台にさえ立てません)

ジャンルの代名詞のような存在の羽生選手だったからこそ、具体的にスポーツ安全が進化したわけです。

あとに続く世界中の後輩たちも、より安全な環境で競技に集中することができる。このような変化こそ、真の影響力なのだと感じます。スポーツ安全に関わる医師として、感謝をお伝えしたいです。

・危険な事例に学ぶ

では、ここまでのセカンドインパクトシンドロームに関する医学知識を踏まえた上で、こちらの事例をみてみましょう。

 中学生が学校で階段から転落、頭を打ち一過性の意識障害に陥るも、すぐに意識回復、医療機関を受診し脳震盪の診断。8日後に開催された武道のトーナメントに出場、ごく軽い打撃を頭部にもらい意識消失、救急搬送された。幸い、後遺症は無かったものの、意識障害の情報が共有されなかった。

スポーツ安全指導推進機構

 

これは、審判として参加したある武道関係者から、スポーツ安全指導推進機構に報告いただいたものです。ケーススタディとして「どのようにすれば安全性が向上するか?」という視点から眺めてみましょう。

 中学で起きた転落事故の時点で「しばらく運動からは大きく距離を取る」必要があります。なぜなら「脳と身体をしっかり休める」が有効な治療となるからです。(メディアのみなさん、意識消失で倒れた選手へのインタビューは控えましょう)

「脳震盪」は
1)CTなどの画像上の異常がなく、2)手術や処置の適応ではなく、
3)安静や経過観察などの保存加療がメイン

頭蓋内出血などに比べて(医療者の中でも)「軽症のイメージ」をもたれている場合があります。

ですが、セカンドインパクトシンドロームの可能性を考えた場合、「しばらく運動から距離をとる」「運動復帰はドクター許可の上で」が妥当だと思われます。

 次に、保護者の方々は、意識消失後すぐに運動に復帰させてはいけません。試合はもちろんです。もちろんご本人も保護者も、試合に向けて一生懸命準備してこられたとは思います。が、試合も練習も「命と健康」あってこそ。お子さんのためにも「欠場の勇気」「撤退の精神」が求められる場面です。

 学校でも「○○君はいつ意識消失をした」という情報が共有され、その後の体育の授業や部活の復帰にフィードバックされるといいですね。残念ながら「ドクターの運動禁止」が監督や顧問に伝わっていかない、あるいは指導者が復帰を急がせるケースもありますので、「主治医が許可するまでは運動禁止」の指示をプリントして保護者にお渡しすることもあります。

 スポーツの指導者は「出場する選手のダメージや怪我」を把握しておく必要がありますね(もちろんこの症例は出場禁止ですが)。「A選手はどこをどのように怪我している」「B選手は脳震盪後にドクターのOKが出た初の試合である」などの情報を把握しておけば、予兆の段階でストップを指示して選手を守ることができるでしょう。
 審判、レフリー、大会のメディカルスタッフは「当日の状態」しか知りません。「試合の日まで何があったか?」「普段と比べて選手はどうか?」を把握するのは指導者の責務でありましょう。

 大会主催側からも、何らかの規定やアナウンスがあるといいですね。
「出場申し込みや事前メディカルチェックの時点では問題が無くても、その後の準備段階で脳にダメージを負う」というケースは実際にありますから。主催が気づかない間に「セカンドインパクトシンドローム予備軍」が出場していた、という例は減らしてたいですね。

さて、危険な脳のダメージ2、セカンドインパクトシンドローム

いかがでしたでしょうか?

脳は非常に軟らかく、脆弱な器官です。1回の外力でも危険なのに、2回目はさらに危険。3回目は・・・。

言葉にすれば「その通り」のことが、いざスポーツ、いざ競争、いざパフォーマンス、いざイベントや興行、となると、どこかに置き去りにされがちです。

しかし、命を、健康を守ってくれるのは、「正しい医学知識」を得て行動できる人です。スポーツ安全指導推進機構では、そのような大人をひとりでも多く増やし、見える化して参ります。

スポーツ安全指導推進機構代表 医師 二重作拓也








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