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未来のこたえあわせ

その時はわからないけど、あとになって

「ああ、そうだったんだなぁ」とか、
「あの時のことが今につながってたんだ」とか

そういうことがある。

大学の頃、年上の兄貴的な学友(国立医学部では18歳から35歳まで多様性に富んでいる)から、イギリスのロックバンド、『ザ・スミス』を教えてもらったことがある。

それまで「マンチェスター出身のカリスマ的ロックバンド」くらいの認識はあったものの、当時の僕の眼と耳には「軟弱な音楽」に思えてて、どうも触手が伸びなかった。だが、兄がいなかった僕は、兄のような同期と、一緒にご飯食べにいったり、遊びに行ったり、試験や実習を乗り切ったり、僕が立ち上げた極真カラテ同好会で共に汗を流したりして、時間の経過と共にザ・スミスは「兄貴が僕に教えてくれた音楽」に変わっていった。

聴いてみたら、これがとってもいいんだ。

 そして歌詞の世界も理解を超えて面白い。

「自転車に乗って、丘を登ろうとしたら、タイヤがパンクした。自然がまた僕に試練を与える」

「今夜は外出したい気分なんだ。でも着ていく服がない」

もう、ツッコミどころ満載の狂った世界観に、調和したパーフェクトなバンドサウンド。ザ・スミスは僕の好きなバンドになった。1994年くらいのことだ。

それからかなりの年月が流れ、2020年、糸井重里さんが代表をつとめる『ほぼ日』から面白きお話をいただいた。

プリンスとモリッシー(ザ・スミスのボーカルで、フロントマン)、2人のカリスマ的ミュージシャンをテーマにトークをしませんか、というお話だった。

「願ったり」とはこのことで、盆と正月とGWとシルバーウィークが一気にやってきたようなお話だった。もし、「プリンスと僕がほとんど知らないアーティスト」だったら、この対談は、きっと嚙み合わなかったと思う。

だが、収録も、完成品も、とてもおもしろいセッションになった。ほぼ日さん、お相手の上村さん、プリンス、モリッシーのおかげであり、プリンス、ザ・スミス、モリッシーを教えてくれたみなさんのおかげである。

最近、久しぶりに兄貴を含めた、高知医科大の仲間と品川で再会した。不思議なもので、30年前に出逢った僕らは、30年前と同じように、夜通し居酒屋で語り合い、カラオケで朝まで過ごした。いい時間だったな。

兄、ザ・スミスを教えてくれてありがとう。この上村さんとの対談が上手くいったのも、兄のおかげなのです。

そういえば大学時代、女子大に通っていた当時の彼女は、糸井重里さんの大ファンで、女子大でコピーライタークラブを立ち上げるほどリスペクトしていた。

ある時、

「たくちゃん、コピーって知ってる?」
「うん、白黒の印刷のやつやろ?もちろん知っとるよ」

というギャグのようなホントの会話、そして彼女の苦笑いと優しき説明で、はじめて「コピー」の意味を知った僕が、今、自分の書いた本などの表紙のコピーを無い頭を捻って考えているのも数奇なものだけど。僕は彼女から糸井さんやコピーの面白さや及川光博さんや岡村靖幸さんの魅力を知り、僕は彼女にデヴィッド・ボウイやプリンス他の音楽の素晴らしさを伝えた。テレンス・トレント・ダービーや元プリンスのライヴにも行ったし、ピーター・ガブリエルには直接会えたっけ。

そんな当時の彼女のことも、兄貴的友人はいつも気遣ってくれて。車を出しては、兄が見つけた美味しい店にご飯を食べに連れて行ってくれたり、一緒に遊んでくれたりした。その影響で、僕も彼女も、ザ・スミスを聴くようになった。もし、兄貴がいなかったら、僕はザ・スミスやモリッシーをよく知らないまま、ここまで来てしまっていただろう。もし大学時代の彼女が糸井さんのファンでなかったら、またいろんなことが大きく違っただろう。

 いろんな「好き」の回線が、奇蹟的に交差して、さらに交差して、「今」に連なっている。だからほぼ日さんの「プリンスとモリッシー」も、僕にとって、たくさんの代わりの効かない出逢いの結晶だったりする。

まるで「?」が「!」になるようで、なんとも感慨深いものがある。

未来にはどんなこたえあわせが待っているのだろう?
ようやく着ていく服も見つかりそうだ。

PS 何かを形にするのも、無数の回線を何とか残したいからかも知れないですね。


 









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