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街クジラのうた #シロクマ文芸部(2075字)

「街クジラに遭ったら逃げること」と言ったのは誰だっただろうか。

信じられないかもしれないけど、今オレの前にクジラがいる。2階の部屋の窓からデッカイ目だけを出して、こちらを覗いている。オレの家は、海辺にあるわけでも、ましてや海中にあるわけでもない。普通の住宅街に建っている普通の一軒家だ。

クジラは半分透明でふわふわしていて、体が日の光をうつして虹色にゆらめいている。オレが知っている海のクジラとは全然違っていた。

「もしかして、おまえが街クジラ?」

オレがそう言うと、クジラはギョロリと目玉を動かした。そして大きな口を開け──ぱくり。オレを飲み込んだ。

***

街クジラの中は不思議な空間だった。
たくさん家が並んでいて、まるで街の中みたいだ。でも家も地面も半透明なので、向こう側が少し透けて見える。
クジラの下にはオレの住む街が広がっていた。みんなの家も、小学校も、いつもの公園も、駄菓子屋も見える。

街クジラは空に浮かんでたのか……!

まるで飛行船みたいに、オレの住む街の上をゆっくりゆっくり進んでいる。

すげぇ。もしかしてここ、天国なのかな。てことはオレ、しんだのか。クジラに食べられたもんな。

試しに家の中に入ってみる。
喉が乾いたので蛇口をひねるとジュースが出てきたので驚いた。部屋にはお菓子も、おもちゃも、テレビも、ゲームもある!冷蔵庫にはピザもハンバーガーもポテトもあるし、何も不自由な事はない。本当に天国みたいだ!

……と思っていたのに、数日過ごすうちにオレは飽きて家を出た。
別の家を見てみると、知らない子がじっとテレビを見ていた。近付いて話しかけても反応が無い。別の家では、ずっとお菓子を食べている子。また別の家では、夢中でゲームをしている子がいた。みんなオレの声には反応しない。

この街には、子どもしかいないのか?

ここは天国みたいな街だ。
だけど何かが足りない気がした。

母さんのご飯が食べたい。父さんと一緒にゲームがしたい。でもこんな空の上の街に来てしまって、どうやって帰ればいいのか分からない。

「帰りたい。」

急に寂しくなって、涙が出た。

「オレ、家に、帰りたいよ。」

ポツリとそう言うと、街クジラの中に大きな声が響いた。

「お願い、返してください!」

聞いたことのある声だった。

「ソラを返して!」

母さんだ。母さんがオレを呼んでる。

「私の大事な子なの!お願い……返して!!」

街クジラが突然ビクッと反応した。

足元がグラグラ揺れている。地震?
いや、クジラが震えているのだ。

ズズズ……遠くから音がする。
ズズズズズ……音がどんどん近付いてきて、
ドーーーーン!と地鳴りがしたと思ったら、オレは宙を浮いていた。
クジラの頭にある噴気孔がよく見える。あそこから出てきたらしい。ふわり、とした浮遊感の後、オレの体は地面に向かって落ち始めた。

「うわあぁ!」

落ちながら、地面に母さんがいるのが見えた。オレを見つけて、こちらに走ってくる。

来ないで。ダメだ、オレの下敷きになって母さんも死んじゃうよ。オレの事は、放っておいていいのに。
だって、家には────。

***

1ヶ月ほど前、オレに妹ができた。
12年間一人っ子だったのに今さら妹とか、恥ずかしくてしょうがない。
でも母さんは妹を見つめて嬉しそうに笑うし、父さんは「待望の娘だ!」とか言ってはしゃぐので、オレは何も言えなかった。

初めて見る妹は、とても小さくてとても弱々しい。
「抱っこしてみる?」と何度も聞かれたけど、怖くてそんな事できなかった。

父さんは二週間だけイクキューをとったけど、また仕事に戻って忙しそうだし、母さんは毎日眠れていないみたいだ。
オレは何だか無性にイライラして、母さんの言葉も父さんの言葉も無視した。いつも自分の部屋にばかりいた。

いま真下には、両手を広げて必死にオレの名前を叫んでいる母さんが見える。

ああ、ごめん。
妹が生まれて、大変なのに、ごめん。

こんな事なら、無視なんかしないで優しくすれば良かった。家の事を手伝えば良かった。オレに出来る事を、もっと、もっと、もっと。

***

母さんとぶつかる!と思った瞬間、また体がふわりと浮いてオレは母さんの腕の中に着地した。

「おかえりソラ、おかえり!」

母さんが泣きながらオレを抱きしめる。そしてその直後、頭にゲンコツをされた。

「コラ!なにやってんの!!全然帰って来ないで……!死ぬほど心配した!!」

母さんがクソデカイ声で叫ぶ。

「街クジラに遭ったら逃げろって、ばーちゃんが言ってたでしょ!!」

そっか。『街クジラ』は、オレのひいばーちゃんがよく唱えていた唄だった。

母さんにギューっと抱きしめられるオレを横目で見ながら、街クジラがザプンと音をたてて消えていった。

「さあ、家に帰ろうか」

母さんがオレの手をとって微笑んだ。

【街クジラのうた】
街クジラは子どもだけが行ける街。
さみしい子どもを探してる。

街クジラに遭ったら逃げること。
吸い込まれたら出られない。

街では楽しく暮らせるが
子どもは一生 大人になれない。

街クジラから子どもを助けるときは
子どもを返せ と三度唱えること。

街クジラは親を待つ子どもの街。



こちらの企画に参加させていだきます。
想像力をフル稼働できるお題をありがとうございました✨

締め切り間に合ったー!!ヤッター!!
1000字前後でおさめるつもりが、2000字超えてました……。読みにくかったらすみません💦

今までいただいたサポートを利用して水彩色鉛筆を購入させていただきました☺️優しいお心遣い、ありがとうございました🙏✨