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勝ち鬨の鳴蝉

「すいません。貴重品ロッカーってどこにあります?」

「えっと、、、」

確か浴場の入口にあったはずだけど。

「その、、、」

「あ~もう結構です。自分で探してみるわ。」

そう言ってマダムは去っていった。

窓の外では蝉たちが私の不甲斐無さを嘲笑って鳴いている。

ホテルの浴場でバイトし始めて2週間も経つというのに、こんな初歩的なことも答えられない。

結衣と逸平は、立派に仕事をこなし、お客様からの質問にも丁寧に受答えしているのに。

仕事終わりにファミレスで私を慰めるのが2人の日課になっているのも申し訳ない。

「私だって今日プールの営業時間答えられなかったよ。」

「俺は可愛いお客さんに見惚れてたら、またコップ割ってしまった。」

そう言って自分たちの些細なミスを掲示することで、私のミスなんて大した事ないよ、と励ましてくれる。

「何はともあれ、あと二週間だよ。」

「二週間後には、念願の夏旅に出発できるわけか。そのことを考えたら頑張れるよな。」

私たちは大学1年目の夏休みを満喫するために、夏旅を計画し、今こうしてホテルで短期バイトをしている。

「、、、そうだね、あと二週間だし、頑張る。」

「だねだね。じゃあ最後に、あれいっときますか。」

結衣のその言葉をきっかけに手をピースの形にし、一斉に大声を上げた。

「ビクトリー!!!」

この言葉が私たちが仲良くなったきっかけだ。

高校二年の時、社会科の課題グループで一緒になった時に、同じゲームに夢中になっていることを知ってから意気投合した。

そのゲームは3対3で勝負し、先に城を壊した方が勝ちというルールで、勝った時に表示される文字がビクトリーだ。

今日もこの言葉をきっかけに各々帰路についた。

道中この時間唯一開いているコンビニの店員らしきお兄さんが私と同じ目をして煙草を吹かしていた。

帰宅後、私はいつも通りベッドに横たわりながら動画を見た。

この動画アプリは近頃流行っていて、視聴者が創り上げた短い動画が盛り沢山だが、とある動画に驚いた。

このマダム、今日ロッカーの場所尋ねてきた人じゃん。

うそ、そんな偶然あるの。

テロップには、『仕事が楽しくなるコツpart3』

と書いてある。

マダムはカメラ目線で、心地よい声色で語っている。

「仕事を楽しむ最大のコツは二つです。働く仲間を信じること。自分にしかできないことを見つけること。」

自分にしかできないことがわからないからモヤモヤしてるんだよぉ。と思いながら眠りについた。


それからも悶々とした日々が経過し、残す出勤日も3日となった時に事件が起きた。

小さなお子様連れの夫婦の名前が大池と書いてオオイケと読むのにオイケと呼んでしまったこと、あげくには大切なお子様のアレルギー情報がきちんと伝わっていなかったせいで、大池様を激怒させてしまったのだ。

このミスに関与していなかったが、これから大池様がレストランに来るということで、緊張が走っていた。私たちは昼間は各々の持ち場で働き、夜はレストランでの仕事を担当していた。結衣は案内係、逸平は料理を運ぶ係、私はドリンクを作る係だ。

レストランの扉が開き、大池様の姿が見えた。明らかに表情は険しい。


「おおいけ様お待ちしておりました。おおいけ様のお席までご案内いたします。」

さすが結衣だ。ごく自然に言葉の節々に、おおいけ様と正しい読み方を織り交ぜて接客している。気の利く結衣だからこそ成せる業だ。

結衣が席に案内している途中で大池様の子供が、あれ何?と綿菓子を作る機械を指さした。

子供がそう言った瞬間に逸平がその子に話しかけた。

「気になるよな。お兄ちゃんと一緒に作りにいくか。」

そう言って綿菓子を作ってあげた逸平。これは気さくな逸平だからこそできること。

自分にしかできないことってこういうことだ。

私もゲームの中でなら、敵のどんな些細な動きも見逃さず活躍できるのに。

でも一つだけできそうなことがある。


「お待たせ、いたしました。」

大池様に、泡が一つもないビールを提供した。

泡なしのビールなどあり得ない。

近くにいた責任者が青ざめ、大池様に近づこうとした。

「、、、あの!」

「お風呂場の休息場でお二人が、他の、お客様が、泡いっぱいの、ビールを、飲んでいるのを、怪訝そうに拝見されているのを見ておりまして、それで、勝手な判断ですが、お二人は泡なし、のビール、が好きなのだと思って用意させていただきました、勝手なことしてごめんなさい、違ってたらすぐにお取替えいたします。」

一息で言い切って、誠意よ伝われと、大池様の額の辺りを直視した。

「、、、、、、、、、」

ああ、検討違いだった。そう思った瞬間に大池様の口角が上がった。

「そうそう、俺たちどうも泡入りのビール嫌いでさ。お姉ちゃん、よく見てくれてたな。ありがとな。」

その真っ直ぐな謝辞に私は目一杯頭を下げてお礼した。

「こちらこそありがとうございます。ごゆっくりお食事お楽しみくださいませ。」

顔をあげると福子と逸平が手をピースの形にして私に微笑んでいる。

私たちは協力して人に幸せを提供できたんだ。

ファミレスで私たちは炭酸ジュース片手に、今夜は第一声からこう叫んだ。

私たち、俺たちの勝ちだ。ビクトリー

終わり

#2000字のドラマ




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