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やさしいの遺伝子

つい先日、よく晴れた日に、
甥とお別れしてきた。

まだ17歳だった。

重い障がいを持って生まれてきて、
もどかしいことも
しんどいことも、たくさんあったと思うのに、
私たち親戚に会うときは、
いつもニコニコ笑顔でいてくれた。


生まれたばかりの赤ちゃんの頃は
髪の毛がくりくりで、相当な天然パーマだったのを
みんなで笑って可愛がった。

少し大きくなって、同じ年くらいの子どもたちとは
いつも違うところをじっと見つめて、いた。
大切な何かを見つけたみたいに、覗き込んでいた。

おはなしはあまりしないけど、
アニメ動画を見るのが大好きで、
そのセリフを上手に真似て、
話したいことを伝えたりもした。
英語の発音も、ネイティブ並みに上手だった。
スラングでダーティな英語を言っては、
学校の先生を仰天させて、ニヤリと笑っていたらしい。
エンターテイナーなところもあった。

自宅と、もう一人の叔母さんの家と
そちらの祖父母さんの家と、うちと
を、順番に訪ねてきてくれて
お気に入りの動画を見せてくれた。

うちの母(祖母)の家に来ると、必ずipadで「ミニオンズ」をかけた。
私や母が「また、ミニオンズか〜」などというと喜んだ。
私たちがミニオンズが好きだから、と思って、
毎回、流して見せてくれたんだと思う。

動画を流しながら、スマホで別の動画の音声を被らせて、
ピッタリ別の動画の主人公が喋っているようなタイミングで流すものだから、横で見ていると混乱する。
ミニオンズたちの声で、ミッキーたちが話したりしている。
ものすごいコラボ感!

混乱している私や祖母を見て、またニヤリと笑う、
そんな不思議なイタズラもよくしていた。

人を喜ばせるのが好きで、人が傷つくのを見ると慌てた。
うちの娘がまだ小さい頃、わがままを言って泣いたりしたら、
とても心配して、オロオロオロオロしていた。
「Pちゃん、泣いてるね」と言って
大切なぬいぐるみを差し出してくれたこともあった。

「やさしい」の塊のような子だった。

自閉症のある子どもを持って兄も義姉も、
苦労はたくさんあっただろうけど、
私たちに会うときは、
いつもニコニコ笑顔でいてくれた。

兄も義姉もやさしい人だ。

私は一族の中でも、欠陥的に優しさに乏しく、
きつい性格の人間だと自覚しているが、
それでも、天使のような甥は、私にたまに合うと喜んでくれて
「やっちゃんは天使」「天使のやっちゃん」と言ってくれた。
「デートしたいね」と。

なぜよ、天使はあなたよ。
デート、まだしてなかったじゃないか。

早く天使になりすぎて、何やってるのよ。どうしちゃったの。

甥にはやさしいの遺伝子がたくさん引き継がれすぎちゃったのだろうか。

もっとわがままを言ってもよかったのに。
泣いたり喚いたり。しても。

最後も、体の調子が悪かったのを、我慢していたのかな。
ちょっとした隙間に、はまってしまったみたいに、
あれ、という間に、みんなを置いていってしまった。
あまり苦しまないで、スルッと神様のところにいけたと聞いたことだけが
やっちゃんにとっては、救いなんだ。

がんばったね。
また会えるよ。
ずっと思ってるよ。

あなたの分まで生きるとか、そういうことはやっちゃんにはできないけど。
やっちゃんなりに、がんばって生きるよ。
できるだけ、私の中にあるやさしいの遺伝子を使ってみるよ。

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