紫陽花2

音楽だけで生きていく!~フルート奏者 藤原雪氏インタビュー(第3回)

フルート奏者 藤原雪さんインタビュー 第3回です。(全4回)


生き急いで東京へ

--- 仕事を辞めて東京に来るのに親御さんは反対されなかったのですか?

もちろん、反対されました。安定した将来のために、せっかく私立の学校まで出させて栄養士の資格まで取らせたのですしね。

「ちょっとライブに行ってくる」と言って東京に来て、部屋を探して決めて申込もして、「今、部屋を決めたから、ハンコ押してください!」と電話しました。

--- なかなか大胆ですね。それで反応は?

「お前の勝ちだ」と(笑)

--- 作戦成功(笑) 東京で音楽関係の仕事ができる見込みは立っていたのですか?

実は私、当時は恥ずかしくて誰にも言っていませんでしたが、上山市の観光大使をやっていました。

自分から応募したわけではなく、ある日の仕事帰りにご近所の方に声をかけられて「観光大使っていうのに(雪さんを)応募しておくから」と言われたんです。

その時は、まぁまたご冗談を…と言って気にもせず忘れていたんですが、気づいたら選ばれてしまっていました(笑) 

--- 栄養士のお仕事と並行してやるのは大変だったのではありませんか?

鼓笛隊やフルートも続けていましたから、寝てませんでした。生き急いでましたね、あの頃は(笑) よくもったなと自分でも思います。

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東京へ来てすぐから良く来た神保町のコーヒーショップ。物語の世界の中に入りたくて一人で本を読んでいた。誰かと来たのは今日が初めて(神田伯刺西爾 (カンダブラジル)にて)

イノシシが止まった時

--- 話を戻しますが、観光大使の仕事が東京での仕事に繋がったということですか?

観光大使の仕事でいろんな県に行ったりメディアに出たりしていて、人気テレビ番組に出てディレクターさんと繋がりができて、「東京でやってみないか」と声を掛けていただいてたんですよ。

--- 「やってみないか」はタレントとしてということですか?

はい、タレントとしてです。

--- タレントになりたかったわけではなさそうですけど…

なんか、その時はもう、疲れてしまっていて、東京に行ってから考えよう、とりあえず東京に行こうという感じでした。

---- 「やりたいこと、やろう」と思って 、東京に来てすぐに仕事があったのですか?

なかったですよ~、もう辛かったです。貯金もなくなって。だから太るんですよね。メロンパンとか食べて、いかにお腹を満たすかだけで、ご飯とパンしか食べないから。

--- 「東京でやってみないか」の方から仕事を紹介されたりはしなかったんですか?

その方から仕事もいただきましたがそれほど頻繁ではなくて、2,3日食べていけるくらいの金額にしかならなくて。

たまに仕事に行き、たまにオーディションに行くだけで、軽い引きこもり状態になっていました。今、初めて言いますけど。

そのうち、貯金も底をついてきて、食べていくためにバイトをたくさんするようになり、バイトで忙しい状態になっていました。

そうしたら、元々扁桃腺が弱かったのですが、扁桃腺を切らなければならなくなり、手術をして一ヶ月入院することになりました。「休みなさい」と神様に言われたみたいでしたね。

(両手を合わせて前にグッと突き出していく仕草をしながら)ずっとイノシシでしたから。イノシシにしかなれないから、ずっとこうやって進んでいくことしかできなかったから。「休みなさい」と。


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雪さんお勧めのケーキ。紅茶にもよく合うほっとする味(神田伯刺西爾 (カンダブラジル)にて)

「発展途上国 音楽」

--- 入院されたのはいつ頃のことですか?

東京へ来た翌年、2013年ですね。

入院している間に自分と向き合ってみました。自分と向き合うって恐いことですけど、それでも向き合ってみたんです。どんな時に楽しいと感じたか、ノートに書きだしてみたりして。

それで、一番楽しかった、自分が好きだと思えたのはフルートを吹いていた時というか音楽していた時だとわかりました。遠回りしてしまいましたけど。

その時にもうひとつ思ったことがありました。
当時、私、引きこもりで人見知りが酷くて、人を信じられなかった、誰とも話したくなかった。本当は話したいんですよ。でも、話したくない。コンビニの店員さんから買った物を受け取るのも怖かった。

それが、日本だからこうなんじゃないかという謎の思考が沸いてきたんです。これはお金とか住む家とかが当たり前にあるからであって、そういうものが当たり前ではなくてもっと生きるのに精いっぱいな国に行けば、生きていることに感謝できるんじゃないかって。傍から見たら、ないものねだりなんですけどね。

--- それでネパールへ?

病院で暇ですから、ベッドの上でパソコンで検索しました。グーグルで「発展途上国 音楽」と入れて。そうしたら、(検索結果の)一番上に、市ヶ谷でジャイカ(JICA)“地球ひろば”でネパールの音楽祭をやるという情報がありました。「行ってみよう、退院したらこれに行こう」と思いました。

病院を出てその催しに行ったんですけど、言葉では説明できないけど、感動して涙が出ました。言葉はさっぱりわからないけれど、音楽が本当に素晴らしくて。それで主催者の方に挨拶に行きました。鬱で人見知りでコンビニにも行かれない私がいきなり、主催の主催者長みたいな人のところに挨拶に行って「感動しました。私もネパールに行きたいです」と言ったんです。

そうしたら、「行きましょうよ」と言っていただけて、すぐにネパールに行くことになりました。


第4回はこちら

関連リンク:
藤原 雪 https://www.facebook.com/yukiflutist/

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