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【東京の夜】04 #わたし達だけの場所

満月の日に


待ち合わせは錦糸町。

スカイツリーがよく見えるこの街は、

改札から出てすぐに喫煙所がある。

そこが決まってわたし達の待ち合わせ場所だ。

「ごめん、待たせちゃったかな」

「全然平気だよ。さっき来たところ」

「今日は何が食べたい?」

「んー、じゃあ、鳥貴族がいい」

「おっけー」

わたしは上京して、地元にはない鳥貴族をこよなく愛していた。


店に着くと、検温とアルコールを求められる。

少し前は、当たり前ではなかったこの風景も、

今では自然と手首を差し出すようになっている。

そしてわたし達は透明のシートが垂れ下がる席へと案内された。

「飲み物はコークハイでいい?」

「覚えててくれてるんだね。それでお願いします」

「じゃあ俺はソフトドリンクにしておくよ」

「そっか」

彼は、学業も趣味も忙しい人だ。

忙しいという表現はあまり適さないかもしれないけど、

時間を生み出すのが下手な人。

「そういえば、学校はもうすぐ夏休みになるんじゃない?」

「うん。だからこれからは趣味に時間を使おうと思ってるよ」


わたしたちは取り留めのない、他愛ない話をし続けた。

彼はわたしの話を聞きながら、机の上の食べ終わったお皿を片していた。

あまり目が合わなかった。腕組みをしていた。

そこからわたし達は別れたんだと実感することができた。

彼は物の配置や綺麗に整頓することが、わたしより得意だ。

ごちゃごちゃしていると思考が衰え、何も考えられなくなるらしい。

わたしとは真逆なのだ。

だから、わたしの家の便座の蓋も毎回閉めていた。

灰皿でさえも、灰が落ちないようにしてくれていた。

そんなことを思い出しながら会って2時間もたたないうちに

彼は「そろそろ出ようか」と言う。


最後に、錦糸町の喫煙所でそれぞれのたばこを吸った。

いつもわたしが先に吸い終わるのに、

彼のピースのロングはわたしより先に吸い終わっていた。


改札まで送ってくれる道のりで、

わたしの足並みが遅いことに気づいたのか、

彼は歩幅を合わすことなく、前に進もうとしていた。

「また、元気でね」

彼はそう言うと、一度も振り返らずに帰路に着く。

それを見て、わたしも、振り返らずホームへ向かった。

今日はさ、月が綺麗だね。なんて言えたら良かったのだろうか。


家を通り過ぎ、

彼が告白してくれた道のりを通る。

あの時、2人でたばこを吸いながら、

広場のベンチに座り、朝日が登る瞬間を見た。

しかし、今日、そのベンチにはもう既に先客がいたのだ。

最初から、わたし達だけの場所ではなかったのに、

いつの間にかそんな感覚になっていた。


帰り道、コンビニへ寄り、彼がよく買っていたアイスコーヒーを買う。

この街に思い出を残しすぎたなと感じた。

家に着くと、わたしは便座の蓋を開けたまま扉を閉じた。


元気でね、と書いたコンドームの箱はどうしたのだろう。

いつか、誰かと使っちゃうのかな。

と思いながらわたしはアイスコーヒーを飲み干した。


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