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幻肢痛(ファントムペイン)

幻肢痛(ファントムペイン)という言葉を聞いたことはありますか?

幻肢痛は病気や交通事故などをきっかけに腕や足を切断した後に、失ったはずの手や足の感覚があり、かつそこに痛みを感じる状態です。

事故などで手や足を失った人でも、頭の中では、まだ手や足があるように感じていることがあります。

そのような幻の手や足がとても痛いと感じることを幻肢痛と言います。

また、手や足が残っていても、神経が脊髄から引き抜かれるなどして、感覚がなく、全く動かない場合にも同様の痛みが生じるとされています。

このような痛みは通常の鎮痛薬だけでは消えず、患者さんは痛みで寝ることもできず、仕事もままならないなど、生活の質が著しく障害されます。

幻肢痛は、手や足を失ったことに脳が適応できないために生じると考えられています。

従来、幻肢痛は、失った手の機能を再建することで痛みが減弱すると考えられてきました。

この仮説に基づいて、鏡などを使って失った手が戻ったように錯覚させることで、失った手に対応する脳活動を訓練する治療を行っても、全ての患者さんの痛みが減るわけでは無いという報告もあります。

また最近では、幻肢の脳活動が強く残っている方ほど痛みが強いという報告もあり、脳活動と痛みとの関係はいまだに因果関係が明確になっていないようです。


私が出会ったファントムペイン(幻肢痛)を抱えた患者さん

私が新人看護師として配属された内科病棟には右足を切断した後の幻肢痛のために入院されている方がいました。

その方は当時50代の男性患者さんでした。
彼は大腿骨骨頭壊死のため30代のころに右足の切断手術を受けていました。手術自体は無事に成功をしています。
しかし、右足を失い車いす生活になった彼は次第に失った右足の痛みを訴えるようになったそうです。

最初は飲み薬の鎮痛剤を使っていたそうですが、だんだん効果の持続が短くなり、1日に何度も痛み止めを飲むようになったのだそうです。
ついに夜も眠れないほどの痛みを感じるようになり、オピオイド系の鎮痛剤の注射を必要とするようになりました。

私が配属されたとき、彼は20年近くオピオイド系鎮痛剤を筋肉注射する方法でペインコントロールをしていました。
痛みが出てくるとナースコールで「注射・・」と一言だけ話をされます。
一応看護のやり取りとしてヒアリングが必要なので「どこか痛みますか?」「どんなふうに痛みますか?」と質問しても全く返事してもらえません。
「いいから、早く注射!」と返されました。
(そりゃ、痛くてナースコールしているんだから、早く痛み止め注射してほしいですよね。でも、マニュアル的なやり取り記録しておかないと監査的にね。みたいな。)

1日に数回鎮痛剤の注射をするため、腕の筋肉や太ももの筋肉は注射のせいでカチカチに硬くなっていました。

場所によっては注射針が上手く刺さらないくらい筋肉が硬直している場所もあり、注射液を注入する際も圧力抵抗がありました。

そのため、この彼に痛み止めを筋肉注射するときにはとても注意深く行う必要があり、不慣れなうちは必ず先輩看護師さんと一緒に行っていました。


痛み止めには薬効時間がある

内服薬や注射、シップなどの貼付薬や軟膏などの塗り薬にはそれぞれ薬が作用する薬効時間があります。一度体内に吸収された薬品は一定の時間が過ぎると代謝によって血中薬物濃度が下がり薬効が減弱していきます。

くすりの効果持続時間は、種類によって異なります。くすりの効果持続時間に合わせて、くすりをのむ間隔や量が決められます。

私が出会った幻肢痛(ファントムペイン)の患者さんは、鎮痛剤を1日3回注射していました。これは医師の指示で1日の注射の上限が3回までになっていたからです。

彼は、1日3回の鎮痛剤注射の時間感覚を自分で計算して、8時間ごと正確にナースコールをしてきました。

口数の少ない患者さんで、いつも一人で雑誌を読んだり、ラジオを聞いたりして過ごしている人でした。

患者さんが他の病棟に移動するまで2年くらい看護に当たっていました。残念なことに彼が笑っている顔を一度も見たことはありませんでした。

少しでもナースコールに遅れたり、注射の準備が遅くなると青白い顔になっていて、うっすら汗をかき呼吸をするのも苦しそうでした。

「早く注射!」とピリピリした早い口調で訴えられ、鋭い目つきになってみえたことを今でも思い出します。

遅くなってしまったのは申し訳ないのですが、でも、ちょっと怖いな〜と思っていました。

筋肉が固くなっている部分を避けながら、痛み止めを注射をすると、ほっとした表情になっていました。

うつむいたまま「ありがとう」と小さな声で伝えてくれるのも印象的でした。

彼の両肩や太ももは20年以上続いている注射の痕で黒ずんでいて、何とも痛ましく思いました。

でも、痛み止めを用いることで、少しでも痛みの感覚が和らぐのなら、それが彼にとってベストな方法なのだろう。と思いました。

痛みの感じ方は人それぞれ、患者さんの幻肢痛について、どの部分がどのように痛いのか?私には到底わかりません。
片足を失うつらさ、ボディーイメージの変化、歩けないストレス、肉体のみならず感情や精神的にも様々な苦痛があると思います。
この患者さんとかかわったことで、肉体的な痛み以外に、もっと別の感情とか精神とか、別次元のエネルギー的な痛みがあるのかもしれない?と考えるきっかけになる出来事でした。

人間は物質的な肉体だけではなく、エーテル的な体、アストラル的な体、メンタル的な体といったさまざまな層が密接につながっているのだと思います。

インドのヨガの古典、ウパニシャッドでも馬車と馬と御者の関係が指摘されていますが、肉体が感じる問題は感情や精神、思考にも影響を及ぼすのですよね。

自分だけでなく周囲の人たちの肉体や感情、思考や精神のいずれの事も注意深く丁寧に扱わなくては・・・と思う出来事でした。