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ケンカのあとを見る

「今日は、おひさま出ているから」と、窓を開けての部屋そうじ時間を持つ。

羽ぼうきで、さっさっさ。灯りのうえにおりている、うっすらほこりをおとすと、ランプシェードの乳白色ガラスが、透明感をとりもどした。カーテンレールやエアコンの上をなでる。部屋のなかに在った空気も、凛としまった心地する。

それから、掃除機で。床の上をまんべんなくおそうじ。床の水拭きもしておきたいから、ちゃちゃっと、でもゆっくりと掃除機をかける。

ベッドの下は、なぜかほこりがたまる。毎日、なにかしら掃除してる気がするのに、なんでか、またほこり。ころんと毛玉がころがる。その毛玉も、掃除機でえいやと吸いこむ。

ひととおりきれいにできた、部屋の中。ご機嫌で、深呼吸。

ふと、ベランダの窓をみると網戸にほこり。近づいてよく見たら、細かな羽毛が、いくつも突き刺さっている。

細かな羽毛は、どんな鳥が持っていたものかしら。
カラス……にしては、ふわふわと小さくて。スズメにしては、色合いがおかしい。

ベランダの奥に目を向けて、一面に羽がちらばる箇所をみつけた。
ネコに襲われたあとのような、猛禽類のごはんあとのような、羽の散らかり具合。どんな鳥が何に襲われたんだろう?
……でも、それより。羽毛を片付けよう。

スリッパをとりに玄関に戻り、思い出してほうきも持ってベランダに出る。散らばる羽をかたづけると、その下からぱらぱらと、不規則な水玉模様がみえる。現れたのは小さな血痕だった。スズメくらいか、もしかすると、もっと小さな鳥かなにかが、怪我をした跡が残っている。

なんとなく、羽の落ちていた周りを見直し、ついでにベランダの下ものぞいてみる。どこにも、怪我をした鳥は落ちていない、みつけられない。

しかたないか、とベランダに水を流して、部屋に戻る。

部屋の中は、小さな足跡がたくさんついていた。さっき、そうじをしたはずなのに、ベッドの下には小さな茶色の羽毛が散らばる。外で見たのとは、また違う羽毛。細かな泥も、羽毛にこびりつくようにして、ぽとぽとと部屋中にまき散らされる。

泥の跡をたどっていくと、部屋の隅に小さな鳥がまあるくなって倒れていた。その鳥をそっとつかんで、からぶき用にと持ち出してあったぞうきんの上にのせる。

手のひらサイズの、この鳥の治療を何かできないものか。怪我の位置を調べようと、羽をつまんだら、うめき声が聞こえた。まあるくなっていた鳥は、天狗だった。

イラストでよく見るようなカラス天狗で、ちいさな男の子の天狗さま。羽が半分抜け落ちて、腕にたくさんのすり傷を持っていた。

傷を見てしまったからにはびっくりし(天狗だったのにも驚いたけど)、風呂場から洗面器と新しいタオルを出してくる。洗面器の中にタオルを敷いて、簡易ベッドをつくり、そのなかに天狗さまを寝かせる。

みつけた天狗さまは、ヒトの手のひらにちと余るくらいの大きさで、想像していたよりもずいぶんと小さい。ネコに襲われたとしたら、たとえ神通力を持っているという天狗さまであっても、このサイズなら数人がかりでも負けそう。

最近、近くの空をハヤブサが滑空しているのを見たばかり。もしかして、ハヤブサと戦ったのかな。カラスも気が荒いから、もしかしたらカラスが相手だったのかも。

それより、傷の手当だ。人間の薬を使っていいものか……迷いながらも、手足のすり傷にそっと、薬を塗りつつ様子を見る。

病院につれて行くべきか。でも、天狗さまはどこの病院に行けばいいのか。

小さな声でうめく天狗さまをながめながら、はらはらと自分は考える。部屋の掃除なんか、もうどうでもよくなった。それより、この怪我。なんとかせねば。

天狗さまを寝かせた洗面器を腕の中に抱え込んだまま、なにもできることをおもいつけず、部屋の中をはらはらと歩き回る。

……でも、ひとり分にしては、ベランダに散る羽の量が多かった。まだほかにも天狗さまが倒れているのではないか。

そう思いつき、声をあげて返事を待つことに決めた。

「天狗さま、他にもいますか。いらっしゃいますか。おやつとベッドを用意します。おーい、おい!」

……
おー、おー。うー、うー。

自分のうなり声と叫び声で目が覚めた。ふわふわエコファーのえりまきが、口の中に半分はまり込むみたいにして、顔の上にのっていた。夜の間に、えりまきはベッドの上に落ちてきていたらしい。

ぐるりと見渡す部屋のなかはすっきり、そこそこに片付いてはいる。けれど、掃除をした形跡はまだない。床の下には落とされた目覚ましがさびしく転がっていた。

昨夜は寒いからと、今年初めての毛布を出した。朝だよ起きてと呼びかけた目覚まし時計は、毛布のぬくぬくに負けたらしい。毛布にもぐりこみながら、時計を叩き落としたもよう。

敗者になった目覚ましを拾い上げ、夢で見かけた天狗さまを探す。部屋のどこにも、天狗さまはおらず、ほっとした。

怪我がなくて、倒れていないなら一安心。
誰も、何とも、戦っていないから、今日も安全。

そして、ほっと、ゆっくり今日を始めた。

外は、おひさま、光いっぱい。

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