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旅立ちの舟

たぷたぷと、ゆるやかな波がやってくる。私の乗っている小舟が揺れる。

舟の底に背中をつけて、顔の上に帽子を載せて目をつぶっていると、遠くから犬の声が聞こえてくる。まだ、船は岸からはそれほど離れていないようだ。

小舟は沖にある大きな船へと、ゆっくりむかう。あちらの港から、こちらの川へりから。大きな船に乗る人々が集まってくる。

家を出るまえに確認したカバン、たったひとつ。この中にわたしの全てが入っている。先日まで観察していた化石を数個、鉛筆でとったスケッチの束、いろいろな方にいただいた推薦状と覚書。そして、いつも使っているルーペとハンマー。

カバンだけ手にして、小舟に乗って。遠くの犬の声に見送られながら、新しい世界へ向かう。やる気に満ちて、でも静かな感覚が体を満たしている。その底にはほんの少しの不安。

*

目を開けた時、今、どこにいるかがわからなかった。顔にかぶっていたものをとりのけて、ころんと身体を傾けた。

寝室の窓から外が見えた。灰色の空。きーきーと鳥の声が通っていった。たぷたぷと雨の流れる音が聞こえてくる。

今朝も雨だ。寒そうになく犬の声が聞こえた。

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