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西加奈子「わたしに会いたい」

全体を通して

「自分は自分だ(そのままでいいんだよ)」と色んな角度から"祝福"してもらった気持ちです。西さんの言葉には沁みわたる説得力があり心が安らかになりました。

「わたしに会いたい」

「死」≒「ドッペルゲンガー」≒「わたし」を、生を実感させてくれるものとして「ヒーロー」と呼ぶのすんげえ。ヒーローは会わなくてもいいし、会えないからこそいいみたいなところがマッチしている気がする。

「あなたの中から」

(周りから求められる)理想に近づこうとすると時に本来の自分を傷つけ、いつか本来の自分を直視するときがくる。そのときに受け入れることができるかを試されている。いやいつだって試されている。
 本来の自分を受け入れるきっかけとなったばあちゃんの言葉に胸が熱くなったね。力強かった。

「VIO」

 VIO脱毛で感じた「痛み」から戦争が起きている世の中に思いを馳せた話。
 当事者ではないからとか、安全圏にいるからといって、思いを馳せることを憚る必要はない。わたしたちが身近に感じる「痛み」と、苛烈極める戦争において生じる痛みは本質的には何ら変わらない。思いを馳せるにはその事実だけで十分。
 西さんの「 i 」と通ずる部分がある気がした。

「あらわ」

「……露はしんしんと、乳首のことを思った。」(109頁)
 おもしろかった。セクシュアルなテーマでも真正面からビビットに伝えようとする西さんの文章すき。

「隠し続けているから見せるのが恥ずかしくなる理論」が妙に心に残りました。「くもをさがす」でも同じような話をしていた(「くもをさがす」の187頁以下)。

「あなたの中から」と「あらわ」には、"一般的に良いとされる基準と自分を照らし合わせることを求められているよね"って視点がある。
「あなたの中から」はその基準に合わせてしまった人の話で、「あらわ」はその基準に合わせることなく自分を貫いた人の話って感じがした。
 表裏一体って感じでどちらのメッセージも温かい。

「掌」

「やってくる波を真正面からかぶってびしょ濡れになり、ときどき大風邪をひきながら平然としていた。」(123頁)
「自分が自分であるだけで勇気を必要とするこの国の状況を、ケイシーが知る前だった。」(144頁)

 踊り場でセックスしているのを椅子に座って覗き見(ほぼ刮目やけどな)しているという不思議な空間に見事に吸い込まれた。

 最後の一文がめっちゃすき。能力が身についたことにも絡めているし、おもねることはしない、自分は自分だというメッセージが盛り込まれている。

 対比もわかりやすくてインパクトのある話だった。設定はもちろん、アズサやケイシーの人柄、基本的に三人称視点で書かれていたところがきれいに絡み合っていたので、ちょうどピントがあう距離感で読めた。

「Crazy In Love」

 ビヨンセのCrazy In Loveってこの曲だったのね、きいたことあったわ。
「くもをさがす」を読んでいたときも心に残った話。

「あなたの中から」とテイストは似ているかもしれない。"他人から自分を肯定してもらったとき、それをきっかけに自分を抱きしめることができる"みたいな。

「そういう体験、自分にもあったわ!」とはまだならなかった。でもその瞬間は絶対訪れてほしいと思った。

「ママと戦う」

「『かわいそうな娘』を抱きしめるのではなく、『その子が言ったことは許されることじゃない』そう言って、拳を振り回して、めちゃくちゃに怒ってほしかった。」(192頁)
 
 母と娘(モモ)は似たような理不尽な目にあっていたところ、母娘はお互いを「かわいそうだ」と思ってしまった。
 でも本当はかわいそうだと思われるほど弱くはない、むしろ強い。お互いに「生き延びる」力がある。これを"一緒に"戦うことで知っていくのはハートフルな着地だった。

 怒るって当事者意識がないとできないのかも。自己保身が先行しちゃうと当事者意識が芽生えない。だからその人のために怒ることもできない。自分も自己保身しちゃってるな、しかもほぼ無意識で。

「チェンジ」

 あちい。めちゃくちゃキレてたけど気持ちよかった。嬉しいとすら思ったね。
「ママと戦う」の次にこの話が置かれているから、めちゃくちゃに怒ってほしいと願ったモモの気持ちがよく分かった。


西加奈子『わたしに会いたい』(株式会社集英社、2023年)
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