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20年の不在

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再会の物語です。 4つの章に分けて掲載します。
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記事一覧

しなやかな腕

【小説】

高速道路を降りて国道に合流し、最初の信号でティモールブルーのコンバーチブル・クーペは停車した。日本列島のちょうど真ん中に位置する盆地には、もう秋の空気が充ちている。これから向かう高原のホテルは、ここよりさらに5度ほど気温が低いだろう、と彼は思った。

後続のオートバイが料金所を抜け、低いトルク音を響かせて、追い越し車線に並んだ。濃紺のデニムにライダースブーツ、白いTシャツに白いヘルメッ

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長く曲がりくねった道

【小説】

※4回連載の第2回です。 マガジン『20年の不在』に収録しています。

 第1回「しなやかな腕」へ

予定していたレストランで彼は昼食を済ませ、再びコンバーチブルクーペを走らせた。西の空にうっすらと雲が霞むものの、ほぼ晴天と言っていい。見上げた空は紺碧の空間だ。真っ暗な宇宙の闇に、太陽光線のプリズムが惑星の大気中の青色を拡散させ、塵や埃など拡散を遮る不純物がない状態が、高純度の青を生成

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雨の記憶

【小説】

※4回連載の第3回です。

 マガジン『20年の不在』に収録しています。

 第1回「しなやかな腕」へ

バーカウンターで"東京組"が再び酒を飲んでいる。"地元組"の友人たちはパーティ終了後に、高原を降りた盆地にある自分たちの街へとチャーターした小型バスで帰って行った。ホテルに残ったのは新郎新婦と、彼らのような遠方からのゲスト数人だ。このバーでもパーティで見かけたふた組の客が、ソファ席

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20年の不在

【小説】

※4回連載の第4回(完結)です。

 マガジン『20年の不在』に収録しています。

 第1回「しなやかな腕」へ

国道18号線は御代田から混雑しはじめた。彼は白糸経由でのドライブルートを諦め、中軽井沢駅前を左折し、鬼押しハイウェイへの最短コースをとった。

3連休中日の行楽地は予想通りの交通量だ。途中、湘南ナンバーのBMWと和泉ナンバーのアウディが接触事故を起こし、パトカー到着前の険悪

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井戸を埋める

【シークエンス】

 

下北沢の駅に降りたのは何年ぶりだろうか。

地下深くにもぐった小田急線のホームから長いエスカレーターを上り、南口の改札を出て一瞬方向を失った。改札を背にして右へと進み、週末の夜で人通りの多い狭い道を彼は縫うように歩いた。そして昔からある古着屋を見つけてようやくわずかに記憶を取り戻す。

この先に三叉路があって道が少し広がるはずだ。

ほとんどの店が入れ替わってしまった通り

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