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オール・アイ・トーチ [7]

【3・➂】
 私は、これから何をしに明璃ちゃんの部屋に行くんだろうか。仲直り? 今朝のは一方的にイライラして『もういいッ‼』、って通話を切った向こうが悪いのに、なんで? ねえ、なんで?
 私の中に色んな悪いイメージが浮かんでくる。あんな子もうどうでもいい。ていうか邪魔。消えろ。このあとあたしは江藤家の玄関で明璃ちゃんを包丁で何度も何度も刺して仕留める。はい、エンドロールどうぞ。

 ぜーんぶあたしのくだらない妄想。だから私はいつも通りのメールを打つ。『今から行くね』、『どうぞ来たら』。私はパーカーのポケットにケータイと鍵、それに財布を入れて家を出る。明璃ちゃんに怒ってるのは本当だけれど、殺意なんかこれっぽちも無い。先にオチを言っとこうか。気が変になったときの刃物なんか、明璃ちゃんの部屋でのほうが選び放題なんだよ。じゃ、行ってきまーす。

 朱莉は明璃に付いて彼女の家の階段を上がっていく。久しぶりだな、明璃ちゃんの部屋。2人が最後に会ったのはもう1週間前、朱莉の部屋でのことだ。高校に入ってしばらくすると、明璃の方が歳は先輩の何人かと仲良くなって部屋にいない時も増えた。一方の朱莉は最初の2年間に不調が多く、出席日数については1年次も2年次もギリギリのところだった。どうにか成績の力で進級してきた様なものだ。大学行きが簡単ではなくなってしまった大きな理由も、内申点の低さが目立ってしまったからだった。
 毎日会わなくなっていたとはいえ、中3から高2までの3年間をすぐ近くで見てきた明璃は今でもこう思っている。あんなクスリ漬けジャンキー状態で勉強の内容をきっちり理解できてた朱莉はすごい。本当なら、私とは別世界にいたはずの超が付くインテリな子だったんだろうな。まあそれでも、あんたがその世界から外されちゃったからこそ、うちらは一緒にいられるんだよね。変なの。

 明璃ちゃんに続いて部屋へ入ると、当たり前に彼女の部屋の匂いが私を迎えてくれた。「ちょっと朱莉、なに泣いてんの?もしかして臭いがヤバかったとか?」
「ううん、そんなんじゃない。ただ、いつも通りで安心しちゃっただけ。ゴメンね」
 明璃ちゃんが優しい表情でテッシュの箱を持ち、私の頬に紙を当ててくれた。
「私こそ、今朝は勝手にキレちゃってゴメンね。朱莉が泣いてくれたお陰で、気まずいのとかどうでもよくなっちゃった。ありがと」「そっか。どういたしまして」
 私は自分の定位置、ベッドの右端に腰を下ろす。明璃ちゃんは気分でころころ座る場所を机のとこの椅子へ床のクッションへベッドの空いてるとこへと移していく。今日はベッドの私がいるすぐ隣へ座ってくれた。よかった。これでほんとにいつも通りだ。だけど、「私たちって、ずっと今まで通りでいいのかな?」
「え、どういうこと?」
「ううん。告白するとかじゃないよ。そういうんじゃなくて、こうやってお互いの部屋行き来するばっかりの生活はいつまでも続けられないよねってこと」
「ああ、うん。そうだね」
 沈黙。私も明璃ちゃんも次に何をどう言うべきか探してる。……。お互いの呼吸する音だけがかすかに響き合う。よくある場面だ。しょっちゅう一緒にいると、無理して話そうとはしなくなる。どっちもそんなお喋りな方じゃあないし。今まで通り―

やっぱ訂正させて。きっと明璃ちゃんは今この瞬間もそう思ってくれてるよ。私が考えすぎて黙るのなんてしょっちゅうで、この子は待つのなんか慣れっこだもんね。よっぽどこの間が長くならない限り、自分から、『朱莉どうしたの』なんて口を開いたりはしない。変わったのは私のほう。ここ2年くらいはあなたがしょっちゅう他の誰かとつるんでどっかに行くようになったから、私は何をどこまで聞いたらいいのか分かんないの。お姉さんたちと一緒のほうが私といるより楽しいとか、そんな比べっこはどうでもいいの。
 あたしたちって中2の頃から一緒にばっかりいるけど、それ、なんでなのかな。たまたますぐ近くにいる者同士だっただけでしょ?ねえ、そうでしょ? ううん、そういうんでもないの。私はただ、ただ何だろう? わかんない。わかんないことだらけで頭の中もうぐちゃぐちゃだよ。ねえ、明璃ちゃん。これでも私がいつかと変わんないままに見えるの? ねえ?
「無理して何か言おうとしないでも大丈夫だよ、朱莉。なんか分かるから」
「わ、分かるって何よ」
「うちらさ、もう、そんな無理して一緒にいなくたっていいと思うんだ。違うかな?」  
 え? 明璃ちゃん、なに言ってるの?
「ふふっ。目、おっきくし過ぎだから。そんなに驚かないでよ」
「だって、だって明璃がいきなりひどいこと言うから」
「おっ。珍しく呼び捨てしてくれた」
「もうッ。ふざけないでッ。私はそうやって強引にあたしから離れようとしてるあんたが心配なのッ!」

 朱莉は早口でそう言いながら明璃に突っかかっていった。それでも明璃はまだ余裕のある素振りを見せる。
「ふ~ん。あたしのこと、まだそんなに気にしてくれるんだ。優しいね、朱莉。まるでうちらが2人してどん底だった頃みたい」
 朱莉はハッとして明璃のパジャマの襟部分から手を離した。私は何をどう言えばいい?まだ明璃ちゃんと一緒にいたい、もっと明璃ちゃんと仲良くしてたい。ううん。何か違う。私はそんなこと、本気では思ってない。だって、だって何だろう?
 記憶が後から後からあふれ出して、私を引きずり込んでいく。明璃ちゃんはその渦の中に立ち、私を黙って眺めている。

【3・➍】
 夕方、この4月から通っている、というより週1で顔を出しに行っている高校のクラス担任の先生が明璃を訪ねてきた。ふっと学校を辞めてしまってもおかしくない様に見える江藤と須坂、2人の「あかり」の確認に来たらしい。
 中学時代は登校拒否組でそれぞれリスカ癖とOD癖の持ち主。何なら2人とも中3のときには救急搬送された歴有りだ。そういうヤバい話はきちんと高校にも伝わってる。担任さんから目を付けられるのも当たり前だ。今のところは2人して出席も課題提出もきちんとこなしてるけど、どうなることやら。親だって、うちらが卒業まで行けると思ってるかどうか怪しいとこだしね。ま、何でもいいですよ。引き続ききっちりやってくつもりでいますから。ご心配なく。あはは。

 私の場合は10日間、朱莉も似たり寄ったりの期間、やり過ぎで倒れて入院した。痛い目見てお互いの依存癖が治ったかといえば、全然そんなことはない。それどころかこの一線を越えるといろいろ面倒が起きる、という加減を学習できたお陰で、2人とも際どいラインを攻めるようになっちゃった。
 私で言えば、あれ以来、静脈を深めに横切りするのはひと月に1回までと決めてる。また意識を飛ばすくらいのやっちゃう可能性はもちろんあるし、縦切りしないから死なないとも限らない。それくらい分かってるよ。あたしはもう、切って血がぼたぼた落ちてく時の全部どうでもよくなる感覚から離れらんないの。狂ってる? 知ってる。

 今日は担任さん、朱莉➔明璃の順で訪問してるみたいだ。『須坂さんの部屋はきれいだったしクスリもそんなに堂々と置いてなかったよ』。 机の上にカッターやハサミがあるのを見付けられてそう言われた。私は、余計なことは言わずに『そうですか』、とだけ返した。  
 あの子は単に片付けが好きなだけ。お楽しみのクスリがどの引き出しのどこにどのくらい入ってるのか、私はちゃんと知ってる。そんなとこを指摘するなら、あたしのリスカ道具が清潔にしてあるのを褒めてほしかったな。冗談だよ。もうそんな子供じゃない。自分なりにきちんと考えてはいるんだよ。精神科のカウンセラーさんとも、最近はどうやって切る回数減らしてくか話し合ってる。それを実現できるイメージは、残念ながらないけど。朱莉はどうなんだろう? 中3の頃みたく、どっちかの部屋で喋ってるとき、ふっと『クスリ切れてきちゃったなぁ』、 なんて言い出して愛用の頭痛薬を10錠くらい一気に飲むとかはしなくなった。だけど、学校に行く日はいつもキマってる感じだし、授業中にふらふらしながらトイレ行く事もよくある。そうして後から補充に行ってきたと教えてくれる。
 やっぱりさ、あの子も治ってきてるとは思えないんだよね。あーあ。うちら、どうなるのかな。まるっきりわかんないや。将来像?そんなの聞かないでよ。まだいいでしょ。

【3・❺】
 雨、降りそうだな。きっと家に着くまでには降り出しちゃうな。別にいいよ。朱莉と2人して濡れとくから。
 今日はレポート提出して次の課題をもらうだけの日だった。もう学校が始まって3ヶ月近くになるけど、クラスの他のひとと仲良くなれる気配はない。週1回か2回ちょっと会うだけだし、そもそも友達を増やそうとしてる雰囲気が自分を含め誰にもない。気楽でいいんだけどね。私も朱莉も学校に通うの久々で、周りのひと達とどう友達になってけばいいのか忘れちゃってるし。だから、3年間このままだって全然構わない。変化も進歩もしなくていいよ。そんなのよりこうして2人で好きなことしてたいの。あ、ヤバい。来た。

 明璃は立ち止まり、両手で自分の肩を抱え込んだ。朱莉が心配そうに声を掛けてくる。「明璃ちゃん、大丈夫?寒いの?」
「ううん、気にしないで。なんか急に切りたくなってきちゃっただけ。あ、こんなとこでいきなりスパッとしたりしないから安心してね。カッターは持ってるけどさ」
「そっか。それじゃ私もここでODするのは止めとくね」
「何?あんたもそういう気分だったわけ?」「うん。ほんとは次の、いつも引っかかる信号のとこでキメちゃうつもりだった」
「もう。朱莉って教室とかどっちかの部屋とかでもそうだけど、直前まで全っ然そういう素振り見せないでいきなり『せんせーおてあらい行ってきまーす。にへへっ』、ってなるから怖いんだよねぇ」
「そうだったの?私、真顔でがくがく震えだしたりするほうがよっぽどヤバいかなと思って頑張って…あ。雨降ってきちゃたね」
「ほんとだ。やっぱり間に合わなかったね」

 ぽつっ、ぽつっ、ざーっ。雨はいきなり本降りに変わった。近くに雨宿りするところはない。朱莉の肩より少し上まであるショートと私のただ放置してて腰の手前まで伸びたロングが一気に身体へ貼りついていく。そういえばうちらって髪型かぶったことないよな。ま、大親友どころか友達かどうかも怪しい同士なんだから当たり前か。

「あー。なんか雨が温くて気持ち悪ーい」 
 朱莉が、教科書やプリントの入ったカバンがちゃんと閉じてるかどうか確かめながら言った。
「そうだねー。でもいいや。お陰で切りたい欲が治まってきたし」
「ああ、そうだね。あたしもどうでもよくなってきちゃった。よかった」
「うん。全然よくないけど、よかった」
「どうする?ちょっと走る?」
「別にいいよ。今日どうせすっぴんだし今更だし。あと、このどうしようもない感じ、なんかうちらにお似合いじゃない?」
 明璃はそう言いながら自分より少し低いところにある朱莉の手を握った。軽く握り返す感覚が伝わってくる。その日は手を繋いだままお互いの家のすぐ近くまで行き、『着替えたー?』とメールをしてから明璃が朱莉の部屋を訪ねた。2人とも、これから何がどう変わっていくのかになんて興味がなかった。毎日がこのまま続いていってくれること以外には、お互い何にも願えずにいた。

【3・➅】
 今日は抗うつ薬のODにしとこうか。朱莉は3日分42錠を一気に水で流し込んだ。別にどうってことはない。たとえばこんなのをひと月分一気に飲んだって命そのものに別状がない。もうとっくに知っている事だ。そもそも私はすごく死にたいとかじゃないから、そんな勿体ない行動には走んない。ただ、意識をいい感じにどろっとさせたいだけだ。1回入院騒ぎ起こして、どのライン超えたらヤバいのかもお勉強しちゃったしさ。あの騒動の後も、 うちの親はクスリ管理権を私から奪おうとはしなかった。信用されてる? それとも半分見放されてる? 別になんでもいいよ。今だって普通に仲はいいし。
 そう。最近の私と明璃ちゃんとの微妙な感じに比べれば、距離感の変わらない家族同士の関係はずうっと楽ちんだ。
「朱莉、そろそろご飯だよ」
 お母さんの声が部屋のドアを叩いてからそう告げてきた。私も『はーい』と素直に返事をして机のところから立ち上がる。お。ちょっとくらっとした。気分のほうもいい感じにもやがかかってきてる。おっと。言っとくけどあたしさ、ずっとヤク中でいるつもりなんかないんだよ。でもお願い、まだしばらくはこのまんまでいさせて。

 あれは、高1から高2への春休みが残り3日となった日の夕方の事だった。朱莉が自分の部屋で登校初日に提出となっている課題を片付けていると、メールの着信音が鳴った。明璃だった。『新学期に向けて私を仕上げてきました。さあ、窓を開けてご覧あれっ‼』。
 朱莉は言葉に従い窓から少し乗り出して明璃の部屋の方を見た。すると、今日は美容院の予約したんだっ、と楽しそうに告げていた明璃が手を大きく振っていた。
 やっぱりか。その金髪、プラチナブロンド姿をみて私の中にまず浮かんできた思いはそれだった。1年の秋頃から、明璃ちゃんはクラスの年上のひと何人かと仲良くするようになっていった。彼女たちはいかにも普通校を退学してきましたという感じのする派手な見た目をしていた。 それぞれ歳も2つ3つ上で、この街にある工場へ勤めながら『高卒持ってた方がお得だから』、で通信校に通ってきていた。明璃ちゃんは高身長で顔も大人っぽかったから目を付けられたんだろう。私には、挨拶こそしてくれるけど遊びに誘ったりは全然してこない。いや、一緒にいてもきっと気まずいだけだろうからそれでいいけど。あと、『目を付けられた』も私からの勝手なイメージだ。明璃ちゃんはわりとすぐにあの人たちと打ち解けて、以来、とっても楽しくやってる風に見える。

 あの子なりに気を遣ってるのか、週1登校の日には基本ずっと私と一緒にいてくれる。離れる時には、『ゴメン。ちょっとお姉さんのとこ行ってくるね』と必ず声掛けしてくれる。そしてほんとに5分くらいで戻ってくる。その日は帰ってからもどちらかの部屋で喋ったり課題レポートを2人で進めたりして過ごす。そうしてる間の私たちは以前と変わりない。
 違いがあるとしたら、高校生になって以降は夜になってからの行き来を互いの親に許してもらえたことくらいか。帰りが深夜になったりどちらかの部屋に泊まって朝帰りになったりしても文句を言われたことはない。きっとどちらの家族も、扱いの難しい子だし下手なことは言わない方が利口とか考えてくれてるんだろう。明璃ちゃんも私もその気持ちをちゃっかり利用させてもらってる。最近は明璃ちゃんが空いた時間でお姉さんたちと遊びに行っちゃったりもするから、部屋に行く・来るのが夜遅くになってからという場合も多い。今日もお風呂を済ませてからにしようかな。それとも、明璃ちゃんがこっち来るつもりかな。あ、メール。『行くね』。 思った通りだ。
 うちらさ、もう、いいよね。ちゃんと言ってあげるよ。

「ねえ明璃。その髪って、どういうつもりなの?」
「え、なに怒ってんの朱莉?」
 ほんとだね。私、なんで怒ってるんだろ。わかんないけど、何だか優しく出来ない。「あたしはこれ、この前のバイト代で染めたんだよ。何にも悪いことしてないじゃない」
 そのことなら聞いてる。先月だったか、明璃ちゃんは駅前でお姉さんたちと遊んでた。そしたら地元のタウン誌記者さんから声を掛けられ、ファッションコーナーの読モしないかって誘われた。明璃ちゃんはチラッと腕を見せ、『長袖ででもよければ』とその男の人を試してみた。それで退いてくれると思ったんだってさ。だけどお相手は気にせず、春用の薄手ニット着てもらうつもりだからって推してくる。だから明璃は『仕方なく』、でそれを引き受け、後日スタジオでバイト代として 1万円を貰った。それとお小遣いを足して、江藤明璃ちゃんは前からやろうやろうと思っていたプラチナブロンドの髪色になれましたとさ。めでたし、めでたし。
 そうだね。明璃ちゃん、何にも悪いことしてないよ。あなた地毛も真っすぐだしすらっと背も高いし、その髪色すごく似合ってると思うよ。だけど、だけど何だろう? 私なんでこの子が許せないんだろう? 今、明璃ちゃんは目の前で私の次の言葉をじっと待ってる。その様子には余裕さえ感じられる。きっと、須坂朱莉が言葉に詰まるのなんていつものことだから、なんて思ってるんだろう。気に入らない。この白っぽい金髪をしたオンナが自分とはまるで関係ない人だったらいいのに。そしたら遠慮しないで雑な言葉で責めていい気分になれるのに。
 違う。私がしたいのはそういうことじゃない。あのお姉さんたちや会ったばかりの雑誌編集者さんなんかと当たり前に接して世界を広げていく明璃ちゃんを褒めてあげたい。だって私は相変わらず中学の拒否組だった頃とおんなじ場所から外の世界を覗いてるだけだ。明璃ちゃんみたいな新しい関係なんか、ひとつも持てていない。週1で高校に通ってはいるけれど、どの人ともせいぜい挨拶とかの決まりきった会話をするだけ。明璃ちゃんにとって私の部屋はもう、いくつもある居場所の中のひとつでしかないんだろう。私には今もお互いの部屋と教室くらいしか居場所がないのに。ズルいよ。

 ああ、そういえばあのとき私を初めて外に連れ出してくれたのもあなただったっけ。あれがなければ、私って今もここにひきこもってたんだろうな。ねえ、なんであの日みたいにして私の事を強引に外へ連れ出してくれなくなっちゃったの? 一人だけでどんどん先に進んでいっちゃって、ほんとズルいよ。おいていてかないで。あなたは私の…
 あ。そっか。そうだった。明璃ちゃんと私って、別に友達でも何でもなかったんだったね。ゴメン、忘れてた。もういいや。あんたは読モでも何でもしてそのうち彼氏も作って、大量のリスカ痕なんてぜんぜん気にしないで明るく楽しくやってけばいいよ。精神科通いもパッと終わりにしてさ。きっとそうなるよ。で、一方のあたしはこの先いつまで経ってもズルズルOD癖から抜け出せないんだ。年に1、2回ペースでぶっ倒れて救急搬送のお世話になるみたいな生活続けて、それで、そのうちヤバい方のクスリにも手出すようになっちゃうんだよ。結末は打ち過ぎで死ぬか懲役何10年の途中で死ぬか。ま、そういうくだらない人生送ってくんだ。どう、お似合いでしょ。

「ちょっと朱莉、どうしたの?今度はなんで泣いてるの?」
「ねえ、明璃ちゃん」
「ん、なに?」
「明璃ちゃんさ、あたしと一緒にいるのなんて止めにしなよ。正直、もう、面倒くさいんでしょ?」
 数秒の空白が生まれた。そして、明璃ちゃんが少し苛立った表情で口を開いた。
「なにそれ? あんた、何のつもりなの?」「何って、ほんとのこと言っただけじゃん。あんたこそ、なに怒ってんの?」

 明璃は立ち上がり、朱莉の机にあったハサミを手に取った。そして、『ゴメン、貸りる』と早口で断ってから左腕に新しい傷を作ってみせた。朱莉はそんな明璃の様子を見ながら小さく『サイテー』、と呟いた。それを聞きながら明璃は机の引き出しを開け、そこにあるクスリを雑に掴んで朱莉へ差し出した。
「どうぞ。あんたもサイテーな事しなよ」
 朱莉はその錠剤を手に取り、水なしで飲み込んでみせた。明璃が言葉を続ける。
「ねえ朱莉。あなたって、あたしが1人で色んなことしてるのが嫌なんでしょ。おんなじ鬱病でヤバい中毒のお仲間だったはずの江藤明璃がどんどん治ってってる風に見えて」
 そこで一端言葉を区切ると、明璃は朱莉の目の前に、傷だらけで先程のものも含め出来てからそう時間の経っていない痕も目立つ左腕を突き出して見せた。
「どう思う? 私だって全然よくなってないんだからね? 色んな新しいことに手出ししてみるけど、なんか結局はどこも馴染めてなくてさ。分かる? あたしは今も、あたしなりに苦しいの」
 明璃はそこでもう一度言葉を切った。急にまくし立てられた朱莉は、いつからか流れてる涙も拭けないまま固まっている。そして、ごくりと唾を飲み込んだが、何も言えない。そんな朱莉の様子を見て、明璃はどこか空しい笑みを浮かべた。
「そっか。うん、分かった。朱莉はこのままずっとかわいそうな女の子をやり続けたいんだよね。いいなあ。うらやましいなあ。あたし、もうそういうの無理だもん。じゃあね。あたしはあたしで勝手にぶっ壊れてとくからさ、あなたもせいぜいお大事にね。さようなら」

 明璃ちゃんは、言い終えるとそのまますたすたと部屋のドアまで進んでいった。そして右手でドアを握り、傷だらけの左腕を上げて軽く手を振った。あ、ほんとに、お終い― 
 部屋を出ていこうとする明璃を、朱莉が後ろからがしっと抱き止めた。2人の動きが止まる。明璃は、ゆっくりとドアノブから手を離した。時間が止まる。
「ゴメン。明璃ちゃん、本当にゴメン」
「いいから離してよ。あたしたち、はじめっから友達でもなんでもなかったでしょう?」「うん。あんたなんか友達じゃない。だけど一緒にいて。この関係の名前なんかどうでもいいよ。どうせうちら2人しておんなじ『あかり』なんだから」
 そこでようやく明璃は朱莉の方へと向き直った。
「そうだね。どうでもいいね。朱莉、これからもよろしく」
 今度は明璃ちゃんのほうから、私を軽く抱きしめてきた。彼女の脈が聞こえてくる。「明璃ちゃん、私こそ、よろしく」

【3・➆】
「ゴメン。さっきの私の言い方が悪かった」
 気まずい空気を破ったのは明璃ちゃんのほうだった。
「止めとこ。この感じ、うちらがたまに恒例行事なんて感じでケンカ始めちゃうときのやつだよ。ほら、あたしがこの髪色に初めてしたときも修羅場っぽくなっちゃったじゃん」「ああ、そういやそんなこともあったね」「うん。だからさ、今日はここで止めとこ。私、そういう気分じゃない。じゃ、またね」「うん。そうだね。またね、明璃ちゃん」
 明璃ちゃんは、なるべく私の顔を見ないようにしながら軽く手を振り、そのまま帰っていった。ありがと。ケンカするの止してくれて。私たちも少しは成長したね。

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