部長に呼び出された

お掃除系の会社で働いている。仕事のほとんどはルーチンワークだ。僕は無口で喋らない奴。この仕事との相性はいいと思っている。ロボットのように同じことを淡々と繰り返すので、評価もまずまずといったところだろう。

先日に行われた仕事場改革によって居心地もよくなった。時間に追われることも少なくなったのである。改革を行ったのは現場のトップである係長。その手柄話は本社や他現場にも伝わったみたいだ。

「あのタモツ君を使えるように変えたらしい」。人の噂なんてそんなものである。構造的な問題の解決よりも、1人の人間を変えた方がインパクトは大きい。

たしかに僕は前の現場でも喋らずにいた。なかなか職場に馴染めない問題児だったわけだ。それを係長はうまく使っている。そんな功績が社内に広まったのである。

ちなみに僕は未だ職場に馴染めない奴という問題児のままだ。変な期待をされても困るので、そのことも社内に広まってほしい。

そんな噂が広まったためか、他でやらかした者がここへ異動してくるようになった。『再生工場』。そう呼ばれる仕事場になったのである。

最初に来た者はなかなかだった。無口なところにはシンパシーも感じたが、仕事に対しては不真面目。嘘も平気でつく。

仕事場改革の悪い部分も現れた。頑張れる人が活躍するシステムでは、サボりたい人がサボれてしまうのだ。性善説の崩壊。モラルハザード。1人のハック者の存在で、すべてのバランスが崩れてしまうのである。

しばらくすると彼は部長に呼び出された。クビを宣告されたらしい。なんとか懇願して1ヶ月の猶予をもらっていたが、その間に改善は見られず、結局退職のはこびとなった。

次に来た者も無口だった。やはり無口は悪なのだろうか。その者は真面目だったがとにかくマイペースのローペース。

頑張ってる感は伝わってくるものの仕事の速度は上がらない。けつを叩かれるような催促を受けるも、一向に速度は上がらなった。それでも丁寧さがあればいいものの、それも中途半端。微妙に手を抜く。

ただ彼は人当たりが良かった。途中から他人を手伝うことも覚えた。最後はまた他の現場へと異動していったのだけれども、来たときより自信を身に付けたからか雰囲気も変わっていた。再生工場おそるべし。無口は悪でないことも証明してくれたと思う。ありがとー。

僕はというと、異動してきた者のの上役になることもあった。はじめての手下。彼女はふくよかなお姉さんだった。仕事に差し支えそうな体を持っていたのである。

今までに仕事をしてきた人の中で一番の巨漢。前の職場でお世話になった大関先輩を超えてきた。さしずめ横綱級。そんな横綱姉さんと一緒に仕事をすることになったのである。

彼女も性善説が通用しない人だった。なにかとすぐにサボろうとする。戦略的に軽い仕事を選んでくるのだ。

僕は心を鬼にして平等に仕事を割り振る。めんどくさいから僕が全部こなしていたら、つんつん先輩に怒られたからだ。「ちゃんと仕事させないとダメ」。人を使うって難しい。

女性なので各種のハラスメントには気を付けている。ただ横綱姉さんは自虐的にデブネタを放り込んでくる。僕がおどおどするのを楽しんでるようだ。

その日の仕事は、頭を含めた全身つなぎを着ての作業。しゃがんで行うお掃除もある。「しゃがめなーい」。笑いながら横綱姉さんは僕に告げた。僕に変わってほしいのだろう。デリケートな部分なので下手なことは言えない。

困ってると助けてくれたのは、たまたま居合わせたつんつん先輩だった。「やせろ」。一言で撃沈である。

やはり同性間ではハラスメントには成りにくいのであろう。横綱姉さんは爆笑してたので問題にはならなさそうだ。はたから見たらコントのように見えただろう。でも参考には出来ない。やはりつんつん先輩には勝てないのであった。

そんな平和な日が続く中、ある日仕事場に部長が訪れた。また誰かがクビになるのかと思いきや、呼び出されたのは僕である。

なんとなく察しはついた。おそらく異動の話だろう。案の定、会うなりその話になった。同席していた直属の上司である係長も了承済みの案件である。ただ、おそろしく心配された。

どうやら今回の異動に関しても僕には拒否権があるようだ。それにしてもいつもは「タモツ君なら大丈夫だ」と言ってくれる係長が心配する案件とはいったい。

すこしビビるも即答で「行きます」と。それを聞いて、やっぱり心配する係長。このときの僕は、この異動の意味をよくは分かってはいなかった。

それでも部長と三人で話し合った結果、僕の異動は決まった。その日は2週間後。送別会は無かった。なぜなら居室は変わらないからだ。

僕のオーナー会社への出向が決まったのである。

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