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続 能と拍手

 原則として能に拍手はいらない、と前回書きました。

 ところが、困ったことがあります。
 現代において能は、お客様に公演の切符を買って頂いたり、お稽古や講座に通っていただくことで催しが成り立っています。※1
 そして、お弟子さんや講座の参加者さんには直接会ってお礼が言えるのですが、公演だけご覧になっている方には挨拶が出来ません。

 昔は、能を観にくるのはお弟子さんとその関係者がほとんどだったので、それでも問題はなかったでしょう。
 しかし、今は価値観が多様化して、以前なら能を見たり習ったりしたかもしれない方々が他ジャンルに流出してしまう一方、能ってどんなものかな?と思った方に気軽にいらして頂くチャンスも増えている感があります。
 そういった一見さんにとって能楽は、様々なステージパフォーマンスの中で最も愛想のないもの、と受け取られるおそれがあるでしょう。※2

 また、お客様はやはり『誰々が演ずる何々』をご覧になりたいのであって、その『誰々』を外すことが出来ない以上、特に技で見せるような能では、終演後に拍手などの表現で讃意を示したいのは自然な感情でしょうし、それを禁じられたらストレスも貯まるだろうと推察します。
 昨今の自由度の高い新作能においては、むしろ拍手がない方が不自然という場合もあります。

 近年増えている事前講座、ファンミーティングや体験教室などは、「教えてあげよう」という上から目線で催されているのではなく、演者の側が観客と接触したいという願望の現れでしょう。
 私は、舞台出勤後にX(旧Twitter)でお客様に一言お礼をポストすることにしていますが、それもご覧になった方々や今後の舞台にお運びいただく可能性のある方々に、小さくても繋がりを持ちたいと考えているからです。
 
 能楽自体は古典芸能としての様式が定まっていたとしても、能楽とお客様の関係性は不定形なのです。まして、この変化の早い時代では。
 能と拍手についての問いに出会う度に、「なんてヤヤコシイ舞台芸術なんだ!」と呆れながら、「どう答えるのが、今はいいのかな?」と頭を悩ませます。
 そして夢幻能の後シテのように、話終えたら元の塚へ帰り、また呼び出されては話始めます。いつまでも成仏しません。
 ただ、次に呼ばれたときは、少し違ったトーンでお話が出来るのではないかと思うのです。


※1 各種の助成金を受けて成立している催しも現在多いですが、会計や広報努力(SNSやネット配信などを含む)についての監査と指導があり、単なる助成金泥棒のようなことは不可能で、お客様を抜きにしては考えられません。

※2 私個人の趣味で言えば、能楽の愛想のなさはむしろ好きであって、小劇場演劇のようにロビーでお見送りいただくのはちょっと苦手なのですが、この際それはおきます。


 
 

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