籠城マーケティング/IKEAレポート3

籠城三段攻撃

付加価値マーケティングの選択論における籠城戦は、商品を売る以前に、来店してもらうことが最優先であることをIKEAレポート1~2で述べた。

1…来店

2…滞留

3…売買

の三段階である。
この三段階に気づかず、三段階目の「売買」のみ執着しているのが圧倒的多数の現状かも知れない。来客なくしてPOP作りに勤(いそ)しもうと無駄であるにも
かかわらず

逆にいうと、商売するなら、売れるように努力するのは当り前で、それ以前に、

「どうやって来てもらおう?」

「どうやって居てもらおう?」

について全身全霊を傾けて考えなければならない。それが籠城戦である。


それを戦略レベルで解決しているのが家具店のイケア。

戦略レベルとは、店内の広いスペースを割いて、家具店であるにもかかわらず、カフェ&レストランを運営していること。

今回、IKEAレポートの最終回となる第三回目で、戦略レベルを戦術レベルまで落とし込んで検証。

補給と休憩

あまりにも身近すぎて気付きにくいエポックメイキングかも知れない(だから数ある家具店の中でイケアだけがレストランを運営している)が、人間は必ず疲れもするし、腹も減る。厳密には、脳が糖分を欲する。

その間隔は2~3時間から5~6時間。おやつや食事の時間隔を考えればわかる。

大型家具店のように、2時間や3時間も滞留する場所では、当然、滞留時間中に脳が糖分を欲する。

とすると、2~3時間も滞留するのであれば、糖分を補給できるようにしておく必要があろう。家具店のみならず、スキー場や大型書店なども該当する。

人は、糖分を補給する場所がなければ、糖分を補給するために別の場所へ移動する。

平たくいえば、今いる店内で糖を補給できないとなると店を出て行ってしまうということ。腹が減ればメシを食いに行くのは動物として同然。


お店を出て行かれたら最後、購買行動は起こらない=買わない=売れない。

ということは、イケアのように2~3時間は滞留する籠城戦の場合、糖分の補給場所と、それを落ち着いて摂取できる休憩場所が必須であることがわかる。

イケアには、糖分を補給する場所がある。他の家具店には無い。これがイケアの圧倒的な優位性であり、決定的な差別化戦略であると筆者は分析。

「食事したい」「甘味がほしい(辛党の場合はアルコールがほしい)」と思うのは、人間の根源的な欲求であり、人間という動物のインサイトである。

カフェ&レストランを用意することでイケアは、来店客のインサイトに応えていると結論付けられる。


余談だが、経営相談も2時間ほど要するため、筆者のオフィスへ来られた方々はご存知の通り、テーブルの上にキャンディやチョコレートが用意されてある。和菓子のときもある。

目的はもちろん、糖の補給であって、茶菓子の接待ではない。これから来られる方々は、遠慮なく召し上がって頂きたい。

メニューの統一と斬新性 

イケアはスウェーデンの企業であるためレストランのメニューをスウェーデン料理と言い切るスピリットもいい

スウェーデン料理といっても、サーモンのマリネやミートボール、フィッシュ&チップスなど、決して珍しいメニューではない。

ところが、それらを、蜂蜜やジャムと一緒に食べる。これは珍しい。

たったそれだけで「へえ!」と楽しくなってしまうもの。おいしいより何より異文化に触れ「面白い」と思ってしまう。小さなところに神は宿っている。

そのスウェーデン料理を、リーズナブルな価格で提供している他、食品売場で買えて、持ち帰ることも可能(冷凍食品だから)


スウェーデン料理というテーマのもとにメニューが統一されてあると、

「スウェーデン料理を食べに行こう」

というモチベーションを喚起するのかも知れない。ただし、カレーに至っては
「カレーってスウェーデン料理だっけ?」との疑問が残るが。加えて、大して美味しくない

給仕はセルフサービス。ビュッフェ形式にすることで、レストランもカフェもドリンクバーも、人件費を抑えていることがわかる。


以上の要素を、たとえば地方のスキー場で取り入れるならば、

1 スキーの本場スイス料理でも、地元料理でも、大盛り料理でも、なんでもいいから、料理のテーマを統一すること

2 全部が全部でなくとも構わないので、スイス料理ならばチーズフォンデュ、ラクレット、ベルナープラッテなど、テーマに即したメニューを用意すること

3 テーマに即していなくとも、広く好まれているメニューは含めること

4 レストランの経営が本業ではないため、リーズナブルな価格に抑えて、来場したくなる魅力を食事で提供すること

5 セルフサービスにして人件費を抑えること

場所の提供


また、花より団子といわれるように、人は、食べ物に惹かれる。祭りの屋台に人が集まるように、食事にしても、軽食にしても、それを食べられるところへ人は集まる。

イケアには、カフェ&レストランとは別に、スナックコーナーがあり、ソフトドリンクとホットドッグとソフトクリームを販売している。

これがまた安い。ホットドック100円。ソフトクリーム100円。ホットドックとソフトドリンクのセットは180円。

どれも子供が好きそうなメニューであるということは、子供が多いファミリーの財布に配慮しているのかも知れない。実際に食べているのは大人だが


検索エンジンで、イケアを調べてみればおわかりになると思うが、驚くことにイケアへ 食 事 し に 行 っ て い る 人が少なくない。

土日祝日はファミリーが多い。
トレイを4つ乗せられるカートを見ても、ファミリーを対象にしていることがわかる。
しかし、平日は、子供連れの主婦のグループが多いことに気付く。

おそらく、友達同士、連れ立ってイケアでブランチやランチを楽しみ、その後売場へ立ち寄るのだろう。

家具売場へ足を運んでいるかどうかまでは分らない(というか、調べられない)が、イケアは、インテリア小物を数多く取り揃えているため、家具売場へ立ち寄らなくても、インテリア売場へ立ち寄っているのかも知れない。

ターゲティングといえば議題にのぼりがちな「ファミリーを取り込む」どころの規模ではない。主婦の井戸端会議の場を提供し、財布の紐を握っている主婦を魅了して離さないのである。


その証拠に、あちこちで、小さな子供が雄叫びをあげていたり、泣いていたり、走り回ったり、狂騒が絶えない。うるさい子供が嫌いな方はストレスを感じるであろう。

では、主婦達の井戸端会議場を提供するにあたり、どのような策を投じているのだろう?

アーリーバード

ご存知の通り、女性は井戸端会議を好む。お茶を飲みながら、何時間でも会話を楽しむ。

それを知ってかどうか、イケアは、コーヒー、紅茶、烏龍茶、コーラ、ソーダが、平日に限り、フリー・ドリンクで飲み放題。タダ。

土日でも、わずか200円で、飲み放題。

長時間の井戸端会議を好む女性には嬉しいサービスではないだろうか。
(ただし、アイスコーヒーや抹茶ラテなどのカフェ・メニューは別料金)

開店前の朝9:30~10:00も飲み放題。タダ。

これは、マーケティングでいうところの「アーリーバード」効果を狙っているに違いない。

※アーリーバード…早朝割引のように、早いレスポンスのみ特典を設け、早めに動いてもらうようにすること。

アーリーバードであろう証拠を、もう一つ。

11:00までなら、オムレツとソーセージと温野菜のプレートが(驚くなかれ…)たったの99円!

これには筆者も強い興味を覚え(どちらかというと、安かろう悪かろうの猜疑心から)99円のモーニング・プレートを頼んでみた。


が、テイストも、ルックスも、コストパフォーマンスは悪くない。ひと昔前の喫茶店のモーニングなら、トーストがついて500円でもおかしくはない。

これを籠城戦に応用するならば、アイドルタイム(空いている時間帯)は激安のメニューを用意し、商品よりも、食事で来場を促す戦術が考えられよう。

その戦術を可能にするのが戦略であることはいうまでもない。カフェ&レストランの運営である。

ちなみに、やはりアイドルの15:00以降は(確か¥350くらいで)パスタが食べ放題になる。それほどまでにアイドルを埋めようとしていることが分る。

アーリーバードは、来店を促す戦略としてのカフェ&レストランを、十二分に機能させる戦術といっていい。

フリー・トライアル・オファー


極めつけは「お泊まり会@IKEA」と題されたイベント。

売場に並んでいる商品(ベッド)に寝て宿泊する企画。

店内を宿泊施設にしてしまい、商品であるベットの寝ごこちを実際に確かめてもらう無料体験(フリー・トライアル・オファー)である。

イベントは、宿泊のみならず、寝具やベッドルームに関するセミナー、クイズ大会、使用したベッドマットや枕のプレゼント、眠りアンバサダー認定証授与など、イケアで販売している寝具の他のプロモーション活動まで含まれている。

これに関しては、宿泊体験のない筆者よりも、実際に宿泊した体験者の意見が参考になるだろう。

ちょうど、イベントが開催された翌日の午前中、イケアのレストランに筆者はいたため、スウェット上下にサンダル姿の宿泊客らしき女性を見かけた。


99円のモーニングプレートを食べていた。
宿泊に、食事は付きもの。
このイベントがカフェ&レストランという戦略施設なくして開催できないことが分る。

家具売場を宿泊施設にしてイベント戦術へ落とし込んでしまうとは、いやはや、驚くしかない。ものすごい企画力と実行力に脱帽。

こうした突拍子もない企画を筆者も以前に何度か提案したことはあるが、まず、

「何か問題が起きたら、誰が責任を取るんだ?」

という抵抗に遭う。クレーム回避や事故防止(自己保身?)を理解できなくはないが、どうも日本と外資の企業では、顧客に対する考え方が異なる。

25年前にディズニーが上陸したとき、徹底的なエンターテイメントを提供して一人勝ちしたように、外資の考え方は「顧客に対して徹底的」なように見受けられる。


マーケティングが浸透している外資は、事なかれや社内政治よりも先ず、顧客
の楽しみや喜びを徹底的に追究する。
マーケティングを駆使する会社ならば、この姿勢、学びたい。誰のための商売か?ということである。

人間の生理

更なる詳細は、各店舗のWebサイトで確認して頂くとして、よぉく考えてみれば家具店なのだから、食事で稼ぐ必要はなく、家具で稼げばいい。

家具で稼ぐためには来店してもらわなければ意味がなく、来店してもらったらできるだけ長時間いてもらいたい。

それをイケアは、商品の家具とは無関係の飲食物、つまりカフェ&レストランで実現させている。

カンタンにいえば、本業の家具で儲ければよいのだから、食事を安く提供することができ、それによって、他の家具店にはない来店動機を植えつけられる。

では、あなたの城で、これを応用できないだろうか?

レストランとカフェに、かなり広いスペースを割いているため、小規模の店舗では難しいに違いないが、飲食でもてなすという考え方を採用できないものか考えてみても損はないだろう。

少なくとも「顧客優先主義」や「顧客第一主義」を掲げる限り、
「2時間もいれば、人間は疲れ、糖を欲する」
という動物の根本に焦点を当てなければ、主義は空虚なお題目になり下がる。


そういう細かい部分を顧客は見ているものだ。

BtoBなら「業者に茶など出さなくたっていい」なんてケチくさい考え方はヤメ、打ち合わせが長引くなら、お茶とチョコレートくらい出してみよう。いつドコで発注先に逆転するか分らないのだから。

余談だが、思い出した。10円ゲームが社会問題になった昔、10円ゲームを提供するゲームセンターは、ゲームに興じ続けてもらうために、出前の寿司を取って無償提供したり、喫茶店から出前のコーヒーを取って無償提供していた。

10円ゲームは賭博につき例が悪いにしても、基本は同じ。

来店してお金を払ってくれるのは人間であり、人間には必ず人間の生理がある。

籠城戦の場合、商品より先に、お客さんという人間と、城主という人間に焦点を当てて考えてみるといい。

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