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松本清張「ガラスの城」読書感想文

向かう高層ビルの外観は、折からの朝の日を受けて総ガラスの窓が煌めいている。
壮大なガラスの城である。

ガラスは反射鏡のように、周辺のビルの風景を、光と影の対象で映していた。

中に入ると輝くばかりに明るい。
女子大を出て、最初にこの建物の中に入ったときは、誇りと喜びとに胸が震えたものだった。

それから6年が経った。
今のわたしには、その夢も薄くなり、色あせている。

・・・ 彼女の鬱屈が続いていく。
東亜製鉄株式会社の社員の三上田鶴子の手記である。

そのガラスの城の13階と14階に、東亜製鋼株式会社の東京支社はある。

支社といっても200名を擁しており、大手企業の本社としても機能している。

手記の筆記者のプロフィールは以下である。


三上田鶴子
東亜製鋼株式会社 東京支社
販売部第2課 管理係

28歳
勤続6年目

杉並区阿佐ヶ谷在住、1人暮らし。
性格は暗め、推理小説好き。



販売部は、第1課と第2課に分かれている。
取引先の種類と大口小口を、それぞれが担っていた。

販売部第2課は50名。
うち女性社員は8名。

手記では、三上田鶴子は不遇を嘆く。

昭和がそうさせている。
年功序列、終身雇用。
重厚長大、所得倍増、定年55歳。
飲酒喫煙推奨、結婚率99%、男は仕事で女は家庭。

女性社員は、結婚までと決められているようである。
出世することもなく、主任にすらなれない。

6年が経っても、仕事は男性社員の補助でしかない。
朝の清掃やお茶汲みは、女性社員の役目だ。

女性社員は6年もいると嫌な顔をされる。
会社は口には出さないが、常に新しい女性社員であってほしいのだ。

※ 筆者註 ・・・ ネタバレはいちばん最後となってます。読書感想文というよりも『10分 15分で読めるガラスの城』となってます。いろいろやってみましたが、これ以上はコンパクトにできませんでした。


課長の失踪からはじまる

3月21日、販売部第2課長が失踪した。
あり得ない失踪だった。

エリート意識が高い第2課長は、社長や役員に繋がる出世コースにいる。

仕事にも自信がある。
よほどの事情でもない限り、失踪など考えられない。

当該者のプロフィールは以下である。


杉岡久一郎
東亜製鋼株式会社 東京支社
販売部第2課長

T大学卒業
勤続17年

背が高く、おしゃれでダンディな風格。
紳士的で言葉遣いも丁寧。
テニスもゴルフもなかなかの腕前。
酒も強いし麻雀も強い。



課員の誰からも恐れられている杉岡久一郎からは、主流派ともいえる派閥が形成されている。

が、この領袖の失踪により、第2課の主流派は動揺をみせた。
三上田鶴子の手記では、冷めた視線で書かれる。

主流派の筆頭のプロフィールは以下である。


富崎弥介
東亜製鋼株式会社 東京支社
販売部第2課次長

2名いる次長の1名。
計算や経理などを担当している内勤の次長となる。



課長の腹心を自ら任じている富崎弥介は、次期の課長と目されている。
振る舞いも課長の真似をして、それも気に入られてもいる。

その妻は課長宅に通い、家事の手伝いなどをしてもいる。
すべて出世のためだった。

主流派の番頭格のプロフィールは以下である。


田口欣作
東亜製鋼株式会社 東京支社
販売部第2課 庶務係主任

30代半ば、若白髪。
大阪本社より移動して間もない。
こてこての関西弁で話し好き。



課長が在席しているときは、絶えず忙しい様子をアピールする田口欣作である。

そのときだけは口振りは厳しい。
富崎弥介にも、べったりとくっついている。

で、失踪した課長である。

4日が経ってから警察に捜索願が出された。
さらに6日が経ってから、課長の他殺体が発見された。

文庫本|1979年発刊|344ページ|講談社

解説:虫明田呂無

おおよその内容と感想

殺人事件となってからは、会社には刑事が訪れる。

謎が多い事件だった。
それぞれ事情を訊かれたが解決には至ってない。

三上田鶴子は思うところがあり、1人で調べて手記を書く。
ところがもう1人、調べて回っている女性社員もいた。

プロフィールは以下である。


的場郁子
東亜製鋼株式会社 東京支社
販売部第2課 庶務係

勤続20年の独身。
趣味は貯金と民芸品集め。



手記では、この的場郁子については散々である。

額が広くてハゲ上がったように見える。
くぼんだ目の目尻には皺が寄っている。
貧弱な鼻と貧しい唇がある。

滅多に化粧しないのは、無駄だと悟っているらしい。
男性社員は気味わるがり、的場郁子のほうも男性を軽蔑していてるし、もとより恋愛には絶望している。

趣味の貯金に励むあまりに食事代も倹約。
社内伝説によると、朝食はインスタントラーメン、昼食は社内食堂を利用したことがなく、夕食は惣菜屋の売れ残りのコロッケ。
“ 栄養失調 ” とあだ名があるくらいだ、と容赦ない。

が、その筆記者の三上田鶴子も、謎の失踪。
第1部の『三上田鶴子の手記』は途中で終わる。

第2部は『的場郁子のノート』と筆記者が入れ替わる。
管理係の三上田鶴子が行方不明となりました、とはじまる。

警察が捜索したアパートからは手記が発見されて、刑事から的場郁子に手渡された。
事件の解決のための協力としてだった。

手記は的場郁子に読まれて、続きを引き継ぐようにして、犯人は突き止められた。
以外な人物となる。

・・・ 感想としては、ミステリーを読み慣れてない自分には、展開が独特で驚きがあった。
最後までまったく犯人の予想がつかなかった。

あとは、あの、むさくるしい顔面の松本清張が、女性の目として書いているのに驚きがあった。

もっとも顔面については、人のことは言えないけど。

第1部『三上田鶴子の手記』あらすじ

慰安旅行で伊豆の修善寺に

販売部第2課は、毎年恒例の慰安旅行に行きました。
参加を断ることはできません。

これも「社用」と見なされるからです。
そこに、むなしさが倍加されます。

伊豆の修善寺で一泊二日でした。
初日は団体行動で観光をして、夜は宴会です。

50名の課員が広間に集まり、正面には杉岡課長、両側には富崎次長ともう1人の野村次長が座り、以下は序列順に末に及びます。

女性の組は、その端に連なります。
いつも通りの、つまらない宴会でした。

翌日の朝食のときには、課長はいませんでした。
課長は急用で東京に帰りました、と田口主任は皆に伝えたのです。

急用がなんなのか、事情は知っているように見えました。
課長にべったりの田口主任が、知らないわけはありません。

そのときは課長については、以外の話はありませんでした。
朝食が済んでからは自由行動で、それぞれ帰京したのです。

課長は修善寺で失踪していた

月曜日になると、課長の出社はありませんでした。

富崎次長が自宅に連絡をすると、慰安旅行からも帰ってきてないと判明しました。

課長は失踪したのです。

富崎次長と田口主任の様子も不審でした。
2人で、なにかコソコソと話しているのです
課長の失踪について、なにか知っているのではないか。

木曜日になってから、警察に捜索願が提出されました。
刑事が会社にきて、1人ずつ部長室に呼ばれて事情を聞かれましたが、わたしは、あえて話さなかったことがありました。

あの晩。
宴会が終わりかけたころ、課長の姿を目にしていたのです。
中座して外に涼みにでたら、浴衣の課長が旅館の庭にいたのです。

暗かったのですが、課長だとはすぐにわかりました。
誰かを抱いていました。

相手は旅館の浴衣を着ているところから、女子社員のうちの誰かではあるとわかりました。

わたしは、胸の動悸が高くなったのです。
いたたまれずに、すぐにその場を立ち去りました。

そして、課長が誰かを抱く姿を、田口主任も見ていたようなのです。

立ち去った先でばったりと会ったのですが、いつもヘラヘラしている田口主任の顔が険しく見えました。

口にして確かめてはいませんが、タイミングからすると課長を目にしたのだと思われました。

女性社員は8名います。
誰なのでしょうか?

そのときから、あの腕の中にいたのは誰なのか探ってみましたが、見当がつきません。

女性社員に対しては、およそ目もくれない態度をとる課長だったからです。

だた課長は、若いころ遊んだ男だと聞いてます。
今でもその名残はありました。

いつも服装には神経をとどかせてますし、遊びごとはなんでも得意なのです。

わたしは、女性社員を抱くあの姿に、いろいろと想像を働かせました。

課長の足取りの謎

課長の死体が発見されたのは、4月2日でした。
道路の工事現場の、土置き場の中からです。

これらは後から知るのですが、首と腕は切断されたバラバラ死体となってました。

首にはガラスの破片による切り傷があって、これは工事現場にある外灯のガラス片だと判明したので、そこで殺されて埋められたとのことです。

もちろん刑事もでしょうが、わたしにも疑問がありました。

あの庭で課長の姿を見たのは、22時を過ぎていました。
東京に到着する電車はない時間です。

近くの旅館に泊まったのでしょうか。
だとしたら1人ではないでしょう。

誰と一緒だったのでしょうか?
殺された工事現場までは、どうやって行ったのでしょうか?

タクシー移動はなかったと、警察の捜査では判明してます。
工事現場から旅館までは6キロ離れているので、23時過ぎに徒歩は考えられませんし、強盗にあったとも考えづらい。

ただこのときは、被害者としての課長の死が伝えられただけでした。

野村次長が、皆の前でそれらを伝えましたが、話し方は次第に四角張ってきました。
このような異常時にあって緊張した結果でしょう。

わたしには、野村次長のきびしい顔が、男の美しさにも見えました。

不審な上司2人

次の日曜日に、わたしは朝早くから修善寺に向かいました。
課長が殺された場所を見てみたかったのです。

すると、三島駅での修善寺行きのホームで、乗り換え客のなかに、的場郁子の後ろ姿を見たのです。

特徴があるからすぐにわかります。
わたしは人混みに身を隠しました。

的場郁子も、わたしと同じ目的のようです。

前にもいったように、的場郁子は誰からも、同性からも相手にされてない。
人間は孤独になると、他人に興味が湧くのでしょうか。

それとも、もしかして。
課長の腕の中にいたのは的場郁子はないのか?

そう考えてしまって、おかしくなりました。
あの的場郁子に限っては、そんなことはありません。
課長も嫌っていたはずです。

的場郁子の行動を見守るのが先立ったようでした。
しかし途中で下車したらしく、修善寺にはいませんでした。

その代わりに、修善寺を歩く富崎次長と田口主任の姿を見たのです。

これは月曜日になってから、警察にお礼回りをしていたと田口主任は話してましたが、どうも気になります。

課長の以外な借金

新たなニュースが社内を巡りました。
課長の退職金についてです。

勤め人の習性として、他人の退職金は気になるものなので、これは仕方がないでしょう。

課長の退職金は、大幅に減ったとの噂でした。
会社にかなりの借金をしていたのです。
派手でお洒落な課長だったので、借金はわかるようでした。

まだ驚くことに、的場郁子にも借金をしていたのです。

7万、10万と、数十枚の借用証を書いていて、合計すると300万とのことでした。
誰もが唖然としました。

いつ、あの女は課長と接触していたのでしょうか?
なぜそんなにも、あの女は大金を貸したのでしょうか?

どうして借金がわかったのかといえば、あの女は課長宅に押しかけたのです。

こういうことは、おしゃべりな田口主任がヒョコヒョコとやってきて、すぐに明かすのです。

押しかけたあの女は、未亡人となった奥さんに返済を求めましたが、退職金は300万もなかったのです。

奥さんにとっては屈辱だったでしょう。
さぞかし、女同士の凄まじい応酬が展開されたのでしょう。
やりとりが目に浮かびます。

押しかけたのを耳にした野村次長には、強くたしなめられたようですが、あの女はそんなことでめげるものですか。

さらに、女高利貸しのごとく督促に押しかけたようです。

あの老女めいた痩せた体に、どこにそんな執念が潜んでいるかと思えます。

富崎次長からも説得もされているのを、偶然にも銀座のレストランで目にしましたが、あの女は聞く耳をもってないかのようにして、黙々と口に料理を詰め込んでいるだけでした。

課長が抱いていたのは誰か?

的場郁子は放っておきましょう。
課長の謎です。

わたしは、あの課長が失踪する夜に、旅館の庭で抱かれていたのは、橋本啓子かもしれないと思うのです。

だとすれば、橋本啓子は、課長の失踪の事情も知っているのかもしれません。


橋本啓子
販売部2課 計算係
入社5年目

派手な美人で、愛嬌もあり、男性社員に人気あり。
一方では、課長に気に入られようとして、社員の言動を密告しているとも言われ “ 情報係 ” とも呼ばれている。



あの夜に、旅館の部屋に橋本啓子がいたのか、わたしは確かめました。

同部屋だったのは浅野由里子です。
彼女は慰安旅行のあとに盲腸で入院していたので、お見舞いを口実に病室に訪れました。


浅野由理子
販売第2課 計算係
入社2年目

課では1番の年少となり、まだ少女のおもかげもある。
実家は山梨県の大月。
入社の身元保証人は、課長の杉岡となる。



素直な彼女に問いただすと、あの夜は2時間だけ室内を出て宴会場の隅でうたたねをしていた、というのです。
橋本啓子に言われてそうしました、とのこと。

彼女は口止めされてますと言いながらも、橋本啓子と田口主任は恋愛関係ですと理由を明かしました。

わたしは、2人の関係にまったく気がついてませんでした。

だとすると、彼女の言い方は、2人が一緒に部屋にいたと想像してのことです。

もしかしたら、田口主任のアリバイ工作に、橋本啓子が協力したと考えることもできる。

田口が1人で動いて、その2時間のうちに課長を連れ出した推測もできるのです。

どうも、田口がウロチョロしてうつるのです。

地元の繋がりがあった

次の週でした。
富崎課長の奥さんが亡くなったのです。
心筋梗塞とのことでした。

父親の看病のために実家に戻っているとは聞いてましたが、このタイミングなので、わたしには引っかかるものがありました。

富崎課長は大急ぎで、会社から山梨の大月に向かいました。
が、そのときにわたしは、富崎次長の奥さんの実家と、浅野由里子の実家も同じ大月だと気がつきました。

的場郁子のほうも、何かを調べたらしいとも知りました。
現場の土を大学の研究所に分析に出したり、都庁の土木課で聞いたりしているのです。

それが何なのか話してみたいのですが、今さらあんな女と協力する気にはなれません。

あの女の醜い顔を見ていると、わたしは嫌悪感でいっぱいになります。

それはそうと。
今になって調べてみたことを整理してみました。
すると、ハッとあることに気がつたのです。

そうだ、わたしは、ある人を訪ねてゆかねばならない。
もし、わたしの推定が当たっていたら、おそろしい話だ。

考えごとが続いて、わたしの頭も疲れてきました。
最後になって思案がよくまとまりません。

あさっての週末は、ひさしぶりに武蔵野のおもかげが残る郊外でも歩いてこようと思ってます。

第2部『的場郁子のノート』あらすじ

手記は発見されて読まれた

管理係の三上田鶴子が行方不明となりました。

無断欠勤したまま、アパートにも帰ってないことがわかり、社内はまた大騒ぎになりました。

三上田鶴子は小柄なので年齢は若く見えますが、性格が可愛げないうえに野暮っぽくて陰険な感じです。
恋人がいるとは思えないので、駆け落ちは考えられません。

主がいない机を目しました。
あの、むずかし気な顔が浮かびます。

三上田鶴子はそういった女です。
絶えず人の挙動をうかがっていて、1人で勝手な想像をしているような性格でした。

私は、刑事さんから手記の存在を聞かされました。
彼女のアパートを捜索したところ、机の中から1冊のノートが出てきたというのです。

私のことも書いてありますし、事件の解決のためもありますので読んだ感想を聞かせて欲しいと刑事さんは言うのです。

私は読んでみました。
彼女の推定は、ひとつひとつ私が考えている線に触れ合うものがありました。

そして、彼女もまた私と同じように、杉岡課長と秘かな交渉をもった経験があるのではないでしょうか。
彼女の異常な情熱は、そのことによって解釈できそうです。

私のことはいろいろ書かれてますが、若くもなく美しくもない女だからこそ、私の心理解剖ができるといえます。

あれは、私という女を対象にして、自身の心理を書きつづっているといってもいいでしょう。
私にはわかります。

犯人と対決に

手記を読んだ後日には、刑事さんからは手記の最後にある「訪ねてゆかねばならない」は誰なのか訊かれました。

私は、わかりませんと答えました。
とはいっても、刑事さんも手記を読んで、それは山梨の大月にいる浅野由理子の母親だとわかってました。

もう、大月にも行って確認もしていました。
やはり、彼女は来ていたそうです。
その後に失踪しているのです。

次の日曜日には、私も山梨の大月に行き、浅野由理子の母親に会って話を聞きました。

浅野由理子は会社で隠しているつもりはないでしょうが、富崎次長の奥さんとは近所付き合いがあるのを、そのときに知りました。

母親は食堂を営んでいました。
店内には、立派な松の盆栽が置かれてました。

この盆栽はどこで買ったのか訊いた私は、もしかして彼女も同じことを訊いたか確かめました。

伊豆の大仁の園芸店だといいます。
彼女も確かめてました。

そこです。
修善寺からほど近くにある大仁には “ 林田花壇 ” という園芸店があるのです。

私は、課長が埋められていた “ 土 ” を調べたときに、林田花壇へは訪れていました。

課長は工事現場で殺されたのではなく、謎には園芸店が関わっていると考えていたのです。

私は犯人を確信しました。

富崎次長です。
“ 林田花壇 ” も関わっています。

整理します。
まずは、富崎次長と林田花壇は姻戚関係という繋がりがあるのです。

動機もあります。
富崎次長の奥さんは、課長と不倫に陥ったのでしょう。

女好きの課長からは想像がたやすいですし、奥さんの死も関係しているかもしれませんが、2人が不倫関係だとすると謎の説明ができるのです。

ラスト30ページほどのネタバレ

その日は、金曜日の午後4時でした。

うすうすと野村次長も、課長の身辺の不審さに気がついたようで、富崎次長とは対決しなければならないと言うのです。

終業となってから、私と野村次長は、対決場所である料理屋へ向かいました。

三鷹の街を外れた深大寺に川魚を出す料理屋があって、そこで富崎次長は待っているとのことでした。

タクシーを降りてからは、近道だという野村次長のあとについて林の中を歩きましたが、あたりは真っ暗です。

造園業者が所有する林のようです。
武蔵野のおもかげが、そこには残っていました。

もしかして・・・。
私は・・・。

三上田鶴子の手記を、すべて信用していたのは間違いだったのでは。

心臓は破れそうなくらいに高く早く打つのです。
手記を読んでから、どこかに潜んでいた推測が当たるような気がしてなりません。

もし、手記が意図的に書かれたとしたら。
誰かが、嘘を書かせていたとしたら。
その誰かとは。

野村次長の足が止まりました。
私は震えが止まりませんでした。

震える私には、すべてが明かされました。

課長になったら妻と別れて結婚する、という野村との約束を信じて、三上田鶴子はあの手記を書いたのです。

富崎犯人説とするため。
書かれた手記は、警察に提出される必要があった。

しかし、書いた当人が警察に追求されたら具合がわるい。
その当人とは別れるつもりでもいる。

それに、死んだ者の手記となれば信憑性も上がる。
誰でも死んだ人間が嘘を書くはずがない、という先入観がある。

三上田鶴子としては、恋人のために姿を隠すくらいはするつもりだったが、まさか、その恋人に殺されるとは考えてもいなかったのでしょう。

頭がわるい女ではなかったが、殺されると気がつかなかったのは目がくらんだのだろうと野村はいいますが、私は否定しました。

あの手記の文面からは、女心が感じられました。
言われたとおりに、課長と関係があったかのように書かれていましたが、彼女は恋人の野村も書きたかった。

何行かは、野村への想いが書いてありました。
彼女は、どんな気持ちで書いたのでしょう。

動機は、高校時代の恨みでした。
課長と野村は、高校の同級生だったのです。

当時から課長は女好きだった。
あげく、野村が交際していた彼女を自殺に追い込んだ。

富崎次長の奥さんにも手をつけたと知ったときに、もう生かしておけないと計画して実行したとのことです。

あの夜、三上田鶴子は、富崎次長の奥さんが修善寺に来ているという口実で、課長を旅館から出させた。

課長は女子社員を抱いていたのではなくて、三上田鶴子と立ち話をしていたのです。

協力者は、ここで造園業に従事している弟。
課長を乗せたトラックの運転もしている。

別の場所で殺して、木の根元の土と共に死体を隠して、現場に遺棄もしてる。

「さて、最後に、三上田鶴子がどこにいるのか君に教えてあげよう」
「・・・」
「ここだ、ここだ、この下に眠っているんだよ」
「・・・」

野村次長が近づいてきました。
私は大きな声を出しましたが、口は厚い手でふさがれたのです。

そのとき、おびただしい靴音がおこりました。
警察官も交えて、課員たちが来たのです。

私が会社を出るときに、頼んで知らせておいた富崎次長の声がありました。

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