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渡辺淳一「泪壺」読書感想文

渡辺淳一の短編集。
6作が収められている。

短編も好きだし、渡辺淳一も好き。
作品がというよりも、言っていることが好き。

いちばん好きな言葉はなんだろう。
「セックマルは決してエロではない、むしろ人間がいとおしく見える」あたりか。

2014年に80歳で死去したときに、新聞で紹介されていた。
元医者なのだなと、生への俯瞰を感じさせる。

だから渡辺淳一は、男女の性愛をエロの一言で済ませたりしないし、恥ずかしいことだと隠さない。

こんなにも堂々とセックマルについて語れる ジジイ 年配者になりたいと思わせる読書だった。


ネタバレあとがき

1988年から12年間に発表したのがこの6編しかない、とあとがきにある。

短編は好きだけど、最近の文芸書は長編が圧倒的に多く、短編集が極端に減ってきている、と実情を明かしている。

知らなかった・・・
なんでだろ・・・

その他に、あとがきで心に残った部分を、以下を抜粋する。

『 小説のテーマだが、これは基本的に人生や人間のなかに潜む「理でないリアリティー」みたいなものを抉り出すことだと考えている。
言い替えると、小説は倫理や理屈で書くものではなく、そういうもので説明しえない、妖しく不思議な感性や感覚の世界を描くものである。 』

この一文に出会っただけでも。
この本を読んだ甲斐があった。

文庫本|2004年発刊|214ページ|講談社文庫

単行本:2001年発刊

ネタバレあらすじ

【1】泪壺 - 1988年発表

新津雄介は、妻の愁子を乳癌で亡くそうとしていた。

末期の病床の彼女は、今までの感謝を述べる。
火葬したあとは、骨を使って美しい壺にしてほしいと、36歳の彼女は未練を含めながら訴えるのだった。

骨を使ってというは、魅せられていた “ ボーンチャイナ ” の製法を指していた。

陶土に牛骨の灰をまぶした骨粉製法で、ボーンチャイナは作られる。

新津は、妻の願いを叶えようと、陶芸家の友人に相談する。
困惑したのちに、友人は引き受けた。

妻は死去して葬儀がおわった。
新津は骨を乳鉢で擂りこんで、友人に渡して、壺をつくってもらう。

1ヶ月して、壺は出来上がった。
淡い朱が一筋、色づいている壺だった。

これは妻の涙の痕だ。
そう思って『泪壺』と名付けて自宅に置かれた。

1年半後。
新津は、交際している麻子を自宅に招く。

部屋に上がった麻子は、イヤな感じがすると言い出す。
壺は置かれていた。
それからは、自宅に来ることはなく交際は終わった。

それから半年。
今度は見合い話が持ち込まれた。
相手は、おとなしい性格の朋代。

結婚して生活も共にするが、気がつくと、彼女は壺に敵意を持つようになっている。

「あなたは、わたしよりこの壺のほうが大切なのよ。だからうんといじめてやるの」

そういって、爪を立てて壺を引っかいた。
その3日後に、交通事故で朋代は死亡した。

1人になった新津は「やっぱり、お前だけを守っていくよ・・・」と壺につぶやくのだった。

【2】マリッジリング - 1998年発表

『いっぱいの優しさをありがとう。もう指輪は外さないでください。さようなら』

そうホテルの便箋に記した千波は、そっとドアを開けて、足早にエレベーターへ向かった。

ベッドには、会社の上司の桑村が寝ていた。
2人は不倫関係にあった。

その日の桑村は、気遣いからマリッジリングを外してくれたのだった。

指にはリングの跡がある。
肌が白く、帯状に浮き出ていた。

外してと言ったのは自分なのに、跡がさらされると、妻との歳月の長さと重さを考え込まずにはいられなかった。

千波は、妻には勝てないと思い知る。
もう終わりにしようと、書き置きをして、部屋を出たのだった。

【3】後遺症 - 1992年発表

全米人口臓器学会の会場で。
とくに関心を呼んでいたのは “ 人工股関節 ” だった。
合金とポリエチレンで作られた人工股関節だ。

“ 人工心臓 ” の置換え手術の発表も注目を集めた。
それらの置換え手術の成功の発表には、盛大な拍手が送られた。

質疑応答に移ると、後遺症についての質問がある。
発表者の教授らは、ジョークを交えて答える。

実際に、手術には後遺症らしいものは生じていなかった。
大成功といえた。

答えを受けて、質問者の医師はつぶやくように言う。

「ますます人間が複雑というより、わかりにくくなるということかもしれませんね」

瞬間、笑いでどよめいていた会場は静かになる。
医師たちは、それぞれに、その種の問題について考えはじめていた。

【4】春の別れ - 1989年発表

「君がわからない」
「わたしも、あなたがわからない。男の人がわからないわ」

水町志保は、静かに受話器を置いた。
小さく息を吐く。

2人は2年の間、不倫をしていた。
水町が29歳。
相手は、10歳年上の既婚者。

その電話は、水町のほうから約束を2度すっぽかしたあと。
もう逢わないと告げた水町に、受話器の向こうで男は迫ってきたのだった。

「嫌いになったのか?」
「・・・」
「怒っているのか?」
「・・・」
「正直に答えてくれ!」
「・・・」

が、水町はうんざりしていたし、今の気持ちを言葉で説明するのが難しく感じていた。

1月の半ばだった。
水町の気持ちが揺らぎはじめたのは。

男のスーツをハンガーにかけたときだ。
ポケットから白いハンカチが出てきた。

丁寧にアイロンをかけられた白いハンカチからは、妻の愛情が滲んでいるようにも感じる。

妻の存在を誇示して、不倫相手に挑戦しているようにも。
男が口にする「妻に冷たくあしらわれている」という言葉にも不審を抱く。

それからは「結婚しよう」という言葉にも次第に醒めていくのがわかった。

1ヵ月後には、決定的になる。

仕事の都合で、男の自宅の近くまできた水町は、玄関前まで寄ってみた。

白々して新しい表札だった。
水町は眉をひそめた。

これから家を捨てようという男が、表札を新しく替えたりするだろうか。

男の言葉を真に受けて、少し甘い夢を見過ぎていた。
気持ちが変化したのを自覚した水町だった。

【5】さよなら、さよなら - 1986年発表

男は常に「なぜだ」と訊いて、女はそれに「理由なんかないわ」と答える。

その男の愛人をしている竹内並子は、自分の気持ちに正直に従うと、自然に会う気が失せただけだった。

電話の向こうで男はさらに訊く。
竹内は、こっそりと息を吐いた

「金が不足なのか?」
「・・・」
「俺に家庭があることが不満だったのか?」
「・・・」
「ほかに男ができたんだろう?」
「・・・」

男はしきりに理由を知りたがっている。
竹内の心の中では、何かがひっくり返っている。

「言っても無駄だわ、つまらないことだから」

そう答える竹内は、突然に心変わりした自分を不思議に思ってもいる。

急に嫌いになったのは、この前の日曜日。
いつものように、男は土曜の夜にマンションに泊まりにきて、日曜日になって自宅へ帰る。

一緒に駅まで歩いたときだった。
駅までの道は商店街。

ドラッグストアの前には、安売りの歯磨きチューブが山積みにしてあった。

それを目にした男が「安いな」と足を止めた。
3本の歯磨きチューブを買ったのだった。

竹内は横目で見ながら、その歯磨きを使っている男の家族を想像した。

そのあと駅の前で別れたときには、急に、もう会いたくなくなっていたのだった。

【6】握る手 - 2001年発表

整形外科医の折居は、ある朝、早く目が覚める。
そのまま布団のなかで、今まで関係した女性を思い浮かべた。

1人1人を思い浮かべて、2日前に会ったY子にまで至る。
そのY子で、引っかかっている。

それは、セックマルのとき。
折居のチンマルを、Y子は指先で弾いたのだった。

突然で驚く折居に、ころころと楽しげに笑うY子だった。
それでいて、光をまとった目をしていた。

あれはなんだったのだろう?
まさか、2股をかけていたのがバレたのか?

その夜だった。
Y子から、別れを告げるメールが届いたのだった。

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