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台湾ひとり研究室:台所編「奇跡のご縁!?と思ってしまった話。」

台湾の方からのご依頼で「田中味噌体験課」と称して、味噌+αの教室をスタートしたのは今年8月末のこと。渡台10年、日々の食事づくりを楽しむ方法として、私自身は味噌を作ったり、塩こうじ使ってまーす……という話をしました。それは私にとって大きな一歩でした。人生って思いもかけない展開が待ってるものではありますが、マサカ!?な時がやってきました。

「日本ではこうじはと書きます。中国語のとは少し意味が違うんですよ」

11/11(土)午後、日本で塩糀ブームを巻き起こしたご本人、大分県佐伯市で元禄二(1689)年から続く糀屋本店の9代目、浅利妙峰さんの講演会にお邪魔してきました。

9年前、日本で刊行された『糀屋本店の塩麹レシピ』が台湾で翻訳出版され、そのプロモーションで来台なさったという浅利さん。今回は、こうじではなく淡江大学のお仕事で来台されたのですが、せっかくだからこうじの場も、ということで、浅利さんとはメキシコで知り合ったという台湾在住の黒田節さんコーディネートにより、素晴らしい場が企画されました。

「糀料理は酵素の力〜もっと知ろう もっと使おう」をテーマに約2時間。

「前回来た時には話さなかった」という日本の神話を皮切りに、糀のいろはから発酵食品同士の関係、調理の基礎となる考え方、日本食の精神と世界からの評価、さらに糀で世界平和を目指す!という夢まで、縦横無尽にお話しくださいました。日本でしか聞けないと思っていた浅利さんのお話を、台北で聞けるなんて、ほんっっっとうに贅沢!

「浅利さん、とっても素敵な方なのでぜひ参加してみてください」とイベントを知らせてくださったのは、前回コーディネートをしていた片倉真理さん。驚愕したのは、浅利さんの台湾版書籍の翻訳を手がけたのは、太台本屋の黃碧君さん! いや今、その彼女経由でいただいた本の翻訳やらせていただいてるんですよね、ワタクシ(顛末はこちらへ)。

台湾版は品切れのようですが、タイトルは残っていました。

ちなみに私の塩こうじ歴、浅利さんが仕掛けたブーム当時から、つまりは2010年代から作っています。ただ、恥ずかしながら浅利さんがそのブームの仕掛け人だと知ったのは、ちょうど10月末の体験課第3回で「塩こうじ+玉ねぎこうじ」に向けて資料を準備する中でのことでした。それで直後の11月にご本人にお目にかかるって……奇跡というかなんというか…言葉にならない興奮に包まれております。これを機にワタクシ、「糀」の字を使っていこうと思います。

浅利さんのトークに痺れておりました(撮影筆者)

ご講演のラスト、浅利さんから魔法の言葉をいただきました。

「大器晩成」

元気と勇気をいただいた学び多き2時間でした。帰宅後、初のご著書と最新刊のレシピ本をAmazonでポチり。浅利さんのご著書に学びを深め、気持ち新たに台湾の皆さんに広めていきたいと思います。

左上2冊が今回購入した浅利さんのご著書(撮影筆者)

浅利さん、黒田さん、このような機会をありがとうございました。そして真理さんと碧君にも感謝を。そしてそして、会場で「インスタ見てます!」と愛あるエールをくださった方々にも御礼申し上げます。感謝の滝。ありがとうございます。

余談ですが、地図で見たら佐伯って、我が故郷、愛媛県愛南町の向かいやないですか!(驚)九州行きたい熱が上昇中! 誰か取材させてくれたりしないかしら。

愛南町からは天気がいいと向かいが見えていました。「あれは九州よ」と言われていたのは佐伯市だったんだなと齢五十で知りました(Googleマップより)


勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15