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台湾ひとり研究室:取材メモ編「求めるのは尊厳。——国際女性デー「学校における月経をめぐるヘルスプロモーション」

「月経課題が認識されるようになったのは2005年から」
世界的な研究者や助産師、市の職員といったさまざまな立場の方の講演を聞きながら、思い返していた。これまでトイレでナプキンを交換しづらいと感じた回数が無数にあることを。台湾の月経博物館で受けた衝撃を。そして、なぜこうも自分の身体で起きていることを嫌がっていたんだろうか、ということを——

2024年3月9日、国際女性デーにちなんだシンポジウムが大阪大学佐治敬三メモリアルホールで行われた。タイトルは「学校における月経をめぐるヘルスプロモーション」である。幸いなことに、オンライン配信も行うのでいかがですか、とお声がけいただき、参加した。

取材によるご縁から訪問団来台へ。

今回のシンポジウムを主催した大阪大学の杉田映理さんとは、台湾にできた月経博物館に関連して日本の状況について伺う取材を通じて知り合った。著作である『月経の人類学』では、開発支援として始まった研究課題が、実は足元の日本国内にもある、という気づきも収められている。

取材した内容をその後に記事として配信したあと、杉田さんから「以前から台湾の月経博物館に行きたいと思っていたのですが、田中さんと話してからますます行きたくなりました」とメールをいただいて数か月。本当に、月経にまつわる研究者仲間と学生さんたちを連れた杉田さんが、総勢8人で台北にやってきた。

食事の席で皆さんに問われるがままにわたしの話をした翌日、一行は月経博物館へ向かった。スタッフに話を訊き、それぞれの実践をシェアしていく、その貴重な瞬間に立ち合わせてもらった。

月経博物館のスタッフから説明を受ける一行(撮影筆者)

「やっぱり来てみてよかったです」
「生理用品がこんなにあるんですね」
「日本では法規制で生理用品に黒が使えないんですよ」
「デザインの力も大きいなと感じました」
「こういう路地にある、というのがまたいいですよね」

博物館以外に学校や宿舎なども訪問して、多くの気づきや学びを得られたようで、訪問後には「日本にもこういう場がほしいね、とみんなで話したんです」と感想をいただいた。その際、「来月こんな企画をやるので、よかったらご参加ください」とチラシをいただいたのが、今回のシンポジウムである。

世界と日本の月経教育の現在地

世界的な月経研究の第一人者で、コロンビア大学公衆衛生大学院教授のマーニー・ソマー氏、助産師で埼玉県立大学名誉教授の鈴木幸子氏、そして兵庫県明石市市民生活局長の箕作美幸氏を迎えてのディスカッションは、日本の月経教育の課題を浮き彫りにする時間となった。

杉田さんは冒頭、シンポジウムのタイトルにある「ヘルスプロモーション」を「人々が自らの健康をコントロールし、改善することができるようにするプロセス」と定義づけた。そして「ジェンダー平等にむけた一歩として、さらにヘルスプロモーションの一環として、学校のトイレ内に生理用品が用意されている環境をつくり、月経教育を強化することの必要性と課題について、ともに考えたい」と開催趣旨を説明。

まずソマー氏は、世界中で今日も生理の人たちがどれくらいいるか思いを馳せた上で、どのようにして月経が世界的な課題として認識されるようになったのか、これまでの経過を整理。そしてようやく2021年にWHO(世界保健機関)が月経は、身体的、心理的、そして社会的なウェルビーングの課題であると定義づけたことを紹介し、そのうえでアメリカでは初潮年齢が下がってきたこと、子どもへの説明には教育用の絵本が使われている事例を紹介した。そして、世界的にみても、月経が日常生活にどのような影響を及ぼしているのか、国レベルでのデータや政策がない現状を指摘し、痛みのコントロール方法やリソースの配分、さらにはPMSについてももっと認識が広がるべきだと述べた。

続いて壇上に立った鈴木氏は、学校における月経教育について、特に高校生の随伴症状について成人と比較した調査や、ナプキンやタンポンの交換頻度、またPMSへの対処についての調査結果を報告。現場での課題として、初経教育だけでなく、継続的な教育の必要性や、校内の環境を整えていくためには、社会全体の月経に対するタブー視をなくしていくことの必要性を訴えた。

3人目に登壇した箕作氏は、「「生理の貧困」から「生理の尊厳」へ」と出しいて、明石市が行う学校への月経用品の提供事業「きんもくせいプロジェクト」を紹介。モデル事業としてスタートした事業だったが、現在では市内の43校に拡大したという。当初はこの事業に対して消極的な様子だったある学校の校長は、世界的なムーブメントのひとつと知ると、自ら校内の女子トイレを点検して回るなど、積極的な行動に変わった。明石市は、11年連続で人口増加している自治体として知られる。その裏側には、こうした地道な取り組みが重ねられていることは、さらに広く知られるべきだろう。

「国レベルのデータが必要」

パネルディスカッションのモデレーターは杉田さんが務めた(Zoom配信画面より)

後半のディスカッションでは、「自分はこうだった」という体験から行動変容への抵抗や拒否感を持つ人に対するアプローチとして、「これからの子どもたちにとって便利な社会にしていく」ことが提案された。ソマー氏からは、1970年代に「もし男性に生理があったら」という視点で書かれた論文が紹介されたこと、また「性教育と月経教育は分けて考えるべき」といった具体的な示唆が提示された。

さらに、ソマー氏はニューヨークの事例から「社会として環境を整えていくには、まずデータが必要」と述べた。データがあり、問題が可視化され、それによって解決の方向に向けた予算化され、支援者が生まれて、政治的なコミットメントへと物事は進んでいく。大阪大学ではすでに、杉田さんたちの取り組みでトイレの個室に生理用品が整備されている。これもまた、可視化された課題を解決した素晴らしい事例だと賞賛した。

より際立つ台湾の取り組み

今回のシンポジウムを通じて、月経教育は、世界的に見ても、まだまだ新しい社会な課題なのだと認識した。特にジェンダー平等ランキングでは世界125位とかなり遅れをとっている日本では、人口の半分が月経のある女性にもかかわらず、その環境は男性によって決められてしまうことがままある。翻って台湾では、月経博物館ができ、そこでの取り組みなどによって、学校への提供が法整備されるなど、世界的にみてもかなり先駆け的な存在だ。博物館ができたことで課題が誰の目にもわかりやすい形で可視化され、社会が前進するまでのムーブメントになったことは、もっと知られていいように思う。

自分の健康を願う気持ちは、年齢や国籍、性別によって変わるものではない。人として誰もが願うことだ。女性たちは誰もが、月経の来るたびに体調に不調が現れることに怯え、リソースの過不足や環境に不安な気持ちを抱えて過ごすのではなく、より快適に、健康に過ごすことを望むだろう。不安なく月経を迎えられる環境を次の世代にどのように手渡していけるか。世の中に新たな事例が生まれ、そしてそれが他者へと伝わっていくよう願いたい。

勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15