けんちく目線で見てみよう!平日の朝一にこそ行きたい「根津美術館」
なんだか難しい顔をしながら腕を組んで考える、そんな分野に捉えられがちな「建築」という世界。
この連載では、建築がもっと身近に感じられるよう「建築」ではなく「けんちく」のように、ひろくやさしく、やわらかく。そんな目線で建築の魅力をお伝えします。
けんちく目線からの施設の紹介を通して、「こんな素敵な建物があったのか!」という新たな出会いや、「もともと好きだった建物には、こんな見方があったのか!」という発見につながれば嬉しいです。
都会の喧騒を忘れられる、とっておきの美術館
東京都は渋谷区、オシャレなお店が立ち並ぶ南青山エリア。
休日も多くのひとで賑わう街の一角には、広大な庭園と歴史ある美術品を楽しむことができる美術館があります。
表参道を歩いたその先に、今回の舞台である「根津美術館」の入り口があります。
根津美術館は、施設の老朽化や展示スペースが足りなくなってきたことから、メインの建物が建て替えられ、2009年にリニューアルオープンしました。
建物の設計は、建築家・隈研吾。
国内や国外問わず広く活躍し、新国立競技場も手がける氏による根津美術館は、日本をはじめ東洋の文化を伝える発信地として、海外からも多くのお客さんが訪れています。
一歩足を踏み入れると、奥まった建物入口へと続く小道があります。
左手の壁に使われている竹と、右に植えられた竹林に挟まれたこの小道を歩くことで、訪れるひとの心から街の騒がしさを消し去ってくれます。
安価な材料と瓦で絶妙なデザインを実現した屋根
ふと上を見上げると、三角形をした鉄製のパーツを見ることができます。
屋根を支えるこの部分は、見えないように隠す事もできるものですが、この美術館ではあえて表に見せるようなデザインに。
屋根の裏を構成しているグレーの板は、意外と安価な材料を使用しています。
屋根の表はどうでしょうか。
美術館の館長が当初より仰られていたという「屋根には瓦(かわら)を使ってほしい」という要望。
単なる瓦屋根ではなく、屋根の先を鉄板で覆い、そこから距離をあけて瓦を配置する。という方法が、館長の要望への答えとして採用されました。
日本の伝統的な手法では、瓦の端を覆い被せるパーツをつけますが、ここではあえてそれを行わずに瓦の断面をむき出しに。
また、屋根の先の鉄板を広く見せることで、瓦独特の重苦しさをやわらげるという効果にもつながっています。
隠すことができる部分を表に出し、あえてチープな材料を用いる。
伝統的な日本の建築を連想させる瓦屋根を、重厚感が出すぎないようにデザインする。
けんちく目線で屋根を見上げてみると、そこには、館長の要望を叶えつつ、”いかにもな和風”にはしたくなかったという建築家の想いが込められています。
個人的に大好きな傘立て。
必要に応じて、壁から引っ張り出すことのできる構造に、心をくすぐられます。
美術館に入って、はじめに足を踏み入れるホール。
たくさんの光が差し込むこのホールは、展示室や庭園、ミュージアムショップへアクセスすることができる中心地になっています。
さて。この美術館で過ごすうえでオススメなのは、開館時間と同時に訪れ、まずカフェスペースに向かうこと。
平日の朝一から独り占めしたいカフェと、天井の秘密
ホールから庭園に出て、少し進むと、外の緑を思いっきり楽しめるカフェがあります。
狙い目は平日の朝一。開館すぐに訪れ、しばらくこの空間を独り占めするのが、とっておきの楽しみ方です。
なかでもオススメは、角のカウンター席。
晴れた日の庭園も素敵ですが、雨の日にここで物思いに耽るのも贅沢な時間です。
少し上に目をやると、たくみに光を取り込む天井が見えます。
天井を覆っているこのシート。
湿気を逃しながら防水の能力も備えるというこの材料(アウトドアウェアでいうゴアテックスのような性能)は、ふつう壁の内部で使用されるものであり表舞台に立つことはほとんどありません。
根津美術館では光をやわらかく取り込むという、いつもと違う重要な役割を与えられているのでした。
けんちく目線で見てみると、豊かな空間をつくりあげるために、ちょっとした遊び心が取り入れられていることがわかります。
カフェを出て、庭園の散策をはじめます。
根津美術館の魅力のひとつは、都会のなかにいることを思わず忘れてしまうほどの広い庭園。
晴れた日の朝は、池に反射する光のなか庭園を歩くことができます。
美術館内の素晴らしい作品たちよりも、もっと素晴らしいもの
美術館内に戻ってきました。
光を多く取り込むこのホールでは、常設されている仏像の肌感もふくめて、しっかりと鑑賞することができます。
ここから先は展示室へ。
残念ながら、展示室内の写真を載せることはできませんが、常設展示・企画展示では、東洋各地からここに集まった重要文化財などを鑑賞することができます。
「こんな歴史ある高価なものがこの場所にあるのか!」というほどに貴重な作品たちと出会うことができます。
しかし、ここでお伝えしたいのは作品の素晴らしさではありません。
けんちく目線で見てみると、この美術館でもっとも素晴らしいのは、作品を飾るための「展示ケース」です。
展示室内では撮影ができないので、パースの崩れたイラストで失礼します。
UFOにさらわれようとしている、ほかほかごはん?
違います。
重要文化財級の高価な器が展示されている「展示ケース」のイラストです。
皆さんの想像力で補ってください。
さて。根津美術館の展示室内では、このような展示ケースがぽつりぽつりと配置されています。
ガラスで支えられている上部には、うっすらと作品を照らすための照明が入っていますが・・・・
ここでひとつ、照明の電源は一体どこからきているのでしょうか。
照明まで電源用の配線をもっていこうとすると、その配線が作品を鑑賞している視界のなかに入ってきてしまいます。
照明は電池で動いている…?
鑑賞しているときに電池が切れてしまったら、大変です。
実は上にソーラーパネルが…?
残念ながら、展示室まで太陽の光は届きません。
…
実はガラスの部分に、照明用の配線がされています。
ガラスとガラスを直角に当てる、この部分。
ガラス同士は、時間が経つとゴムのように固くなる樹脂の材料(緑色の部分)でくっつけられています。
実は、この幅数ミリの樹脂のなかに、電源用の細い線を仕込んでいるのです。
こうすることで配線が目に触れることなく、展示ケース上部の照明に電気を通すことができます。
配線は見えませんが、けんちく目線で見てみると、少しでもクリアな視界で作品を楽しんでほしいという技術者(メーカー)の熱い想いが見えてくるのでした。
僕は定期的にこの美術館を訪れますが、その度に海外からのお客さんが増えているように感じます。
2020年、東京で開催されるオリンピックに向けて、日本を訪れる海外の方はさらに増えていくでしょう。
そんななか、日本の文化・芸術を伝える場として「根津美術館」はきっと大きな役割を担います。
しかし、美術館の主役は展示される作品だけではありません。
単なる和風建築にならないようにと、細かな気配りをもって設計されたこの美術館。
それは、伝統を大切にしながら新たな挑戦をしていく日本の姿を伝えるものであり、世界に誇れる本当の「日本の建築」なのです。
<あとがき>
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
実は、面白い建築。
専門家どうし難しい議論が繰り広げられる文化も素敵だけど、その間口が広がるともっと素敵なことが起こりそう。
そんな思いのもと、すこしでも分かりやすく建築の魅力を伝えるための発信をしています。
また、連載のタイトルである「けんちく目線で見てみよう!」というフレーズは、「日常のなかにひっそり隠れている『実は面白いこと』にもっと気づけるようになろう」という、生きることがすこしだけ楽しくなる提案であったりします。
なぜならば、既知のものでも新しい見方を取り入れることで、まったく別のものに見えてくる。今まで気にもならなかったことが、急に輝いて見えてくる。そんなことに繋がるからです。
この連載は、建築という枠ではありますが、どんな目線を取り入れても「実は面白いこと」はたくさん転がっていて、どれだけ多くの目線で同じものを見ているのか。ということが、豊かに楽しく生きていくために大切なはず。
これは、建物を訪れて文章を書くという行為をとおして自らにも言い聞かせているという点で、自分に向けた提案であり発信でもあると考えています。
「けんちく目線」という目線を通して、あなたが見る世界がちょっとだけ面白くなったら素敵だし、僕も他の目線を知りたいなあ。そんなことを思うのであります。
いただいたサポートでボールペンの替え芯などを買いたいと思います。ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。