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ここには何かがあるかもしれない、と思うこと

 編集した柳原正治先生の『帝国日本と不戦条約』、4月1日付の朝日新聞読書面、4月9日付の読売新聞読書面にて、それぞれ書影つきで紹介されました。評者はノンフィクション作家の保阪正康先生、政治学者の井上正也先生です。二週続けて大手紙での書評掲載は滅多にないことなので、ちょっと小躍りしています。
(朝日・保阪先生による書評はこちらから、読売・井上先生の書評はこちらから読めます)


 本のあとがきにも書かれていますが、少しだけ本の成立過程を話しますと、もともと戦前期の国際秩序の構築にコミットした安達峰一郎という外交官(裁判官)の評伝を書きたい、というのが柳原センセイの意向でした。センセイの安達への私淑は深く、ベルギーやフランス、オランダ、スイスなどのゆかりの地はほとんど踏破していて、たくさんの資料を収集されていました。ただ、やはりその認知度から企画を通すのは難しいだろうなというのが率直な実感で、聞くと大手版元では断られたとのこと。それはそうだろうな、と思いました。

 ただ、あまりうまく言えないのですが、メールの文面の行間から、今まで経験したことのない静かな情熱を感じて、ここには何かあるかもしれない、面白そうだと感じました。センセイの本を編集したいとも。評伝は難しいことをお伝えしたうえで、何度か先生とやりとりをして、近代日本が不戦条約というひとつの平和構築の到達点とも言えるような条約の成立に関わったのに、なぜそれが抑止にならず戦争へとなだれ込んでしまったのか、その歴史の歩みを、安達峰一郎をそれぞれの時代の象徴にして描く、という本の骨格ができていきました。ご執筆の期間は1年半くらいで、機を見てセンセイと東京や福岡で愉しくお酒を傾けながら、やりがいのある仕事をさせていただいたと思っています。奇しくもご執筆から約半年後にロシアによるウクライナの軍事侵攻が始まり、国際法への関心が高まったことで、結果的に時宜を得た本になりました。

 私が籍を置く会社では新年度から、企画書に「その企画が売れる具体的なエビデンス」を書く欄がデカデカと設けられたんですが、この本は企画書がそういうフォーマットなら通らなかっただろうなあとしみじみ思います。カーブの打ち方を聞かれた長嶋茂雄が「カーブは曲がるだろう?そこを打つんだよ」と答えた逸話が思い出されるというか。それは関係ないか。
 でも、売れるか売れないか、目算が立ちづらいものをあらかじめ排除することは、何につながっていくのかな、とは思います。

 ともあれ、そういう意味で、本というものの持つポテンシャルというか、奥行きのようなものを、あらためて肌身で感じることのできた一冊でした。これからも大切に売っていきたい本です。本当によかった。

コンパクトなわりに骨太な本ですが、多くの問いに溢れている本です。時々引用される当時の政策文書や議事録などを虚心坦懐に読むのも、時間はかかりますが、面白いです。
安達記念財団で、安達峰一郎が常設国際司法裁判所で実際に着ていた法衣を見たのですが、かなり小柄だったことがわかりました。国際平和に多大な貢献をした人物として、死後オランダで国葬されています。


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