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【元気にならざるを得ない臨場感】中国料理西海

おっと、疲れ果てた。異様に。
いつもどおりの週末ルーティンを過ごしたつもりだが、暑くなってきたからだろうか。質量はいつもどおり重いが、そうではなく体が重い。倦怠感が私の首に腕を回し、ダラリとぶら下がっている。いつも以上に声も小さい。ノースキル腹話術のようにくぐもりきったその声はきっと誰にも届かないだろう。

用事を終え、帰路につく頃には、いつもの数倍疲れ果てていた。疲れが極りきったからだろうか。自然とある店に車を走らせていた。


中国料理 西海。


京阪藤森駅からすぐのところ、師団街道沿いの飲食店が立ち並ぶエリアの一角にある店。静かな佇まいとは裏腹に、小さな入口からは中華鍋を振るう複数の料理人と火炎が見える。

18時前に訪れると、すんなり入れた。カウンターの真ん中あたりの席に案内される。

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メインは肉丼に決めている。中華屋に来て丼ものを頼むことはまずないが、いつだったかここで肉丼を食べた衝撃を胃袋や脳がしっかり記憶していて、否応なしにオートで頼んでしまう。その時も精神的に参っていて、エナジーを求めてこの店に来たのだったなぁ。

肉丼に加えて、もう一品なにか頼みたい。小皿メニューがあるので、そこから酢豚をチョイスした。

西海は4〜5人の料理人がカウンターの中で一心不乱に料理をしている。ただ実際は一心不乱に見えているだけで、料理だけでなく、席の案内をしたり、冗談を言い合ったりする余裕すら持ち合わせているのだ。店を出ればきっとただのおじさんだろうが、今私の目の前であくせく動き回る彼らは底抜けにかっこいい。憧れに似た眼差しで、その姿をずっと眺めていた。

忙しそうだから手元が落ち着いてから注文しようという気遣いも不要。「何にしましょう?」と柔和な表情で向こうから問いかけてくれる。私はなんの引っ掛かりもなく、心に決めた肉丼、小皿の酢豚、ノンアルコールビールを注文した。

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注文を待っている間も退屈はしない。私はこれほどまでに臨場感あふれる店を知らない。

鍋を振るう手は止まらない。目線の高さに据え置かれたバットの調味料を小気味よくお玉で掬い、パッパッパと上空から鍋に投下する。料理を作ってはこれまた目線の高さあたりにある蛇口をお玉で手繰り寄せ、水を出す。鋭利でないシザーハンズのようにお玉が手と一体化している。鍋を大きなたわしでざぶんと洗っては、また次の料理を作る。ダンスダンスレボリューションの必殺技のコンボを見ているように呆気に取られる。目が離せない。

とてつもない早さで魔法のように出来上がる料理達は、どれもうまそうすぎる。そのどれもが滞りなく客のもとへ運ばれていく。早すぎて残像しか見えなかったが、ホルモン炒めみたいなのもあったのか…それも食べたかったな。

ノンアルコールビールを片手に待っていると、ほどなく肉丼が運ばれてくる。シンプルに豚肉、たまねぎ、ピーマンが炒められて卵黄がのっかっているだけなのに、一口食べただけで泣きそう。泣きそうになるほどうまいし、あんかけでもないのに、飛び上がるほど熱い。体も心もストレートに揺さぶられる。スープもうまい。

ノンアルコール。車だったのが残念

酢豚は強めの餡に、大きな肉塊が4つとたまねぎ、にんじん。この店の臨場感と肉丼のうまさに上気した顔で肉塊を口に放り込む。熱すぎて思わず吐き出してしまったが、もう一度齧り直すと、ただのしあわせの塊だった。

肉丼。これがえげつなくうまい不思議

まだ、それほど暑くないけれど、ひと汗かいたような表情で店を出る。サウナに入ったあとのようなツヤツヤした顔を夜風が撫で、火照りを抑えてくれる。

時間が経ち、夜に近づいたはずなのに入店前より空を明るく感じる。倦怠感は腕を解き、のそのそと帰宅していった。晴れやかに、気持ちよくコインパーキングの200円を支払う。下がるバーを見送って、大きな体を車に押し込んだ。

サウナにもう入ったと錯覚したのだろうか。いつも立ち寄るスーパー銭湯に寄る気にはなれず、そのままおとなしく帰った。Audibleで「夜明けのはざま」を聴きながら。雨が激しい。

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