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鈴の音とそりの音


ねえ、覚えてる? 

君はきっと覚えているはず。

鈴の音。

そりが雪の中を走っていく音。

トナカイのいななき。

そしてあの日二人が踊ったあの曲を。

そんなすべてのあの日の音を、きっと君は覚えていて、あの日の二人の思い出をきっと思い出せるはず。

僕はそう信じている。

信じているんだ。

  


十二月って素敵♡

街はキラキラとしたイルミネーションに彩られているし、毎日ドアを開けるたびに新しくて美しい物語が始まって、冷たい空気に凍えている心を浮き立たせてくれるから。

本当に大切な一か月。

一年の締めくくり。

そしてなにかが始まっていくような予感も密かに含んでいる。

キラキラとしたイルミネーションはそのための飾りつけ。

もみの木がそこここに思い思いの飾りをつけて置かれているのも嬉しくて。

街全体がおしゃれしてこの日々を彩って、たくさんの人たちを照らしてくれて、この寒い毎日にしあわせなあたたかい空気を作ってくれていて。

だから私はこの季節、この月が大好きなの。

冷たい空気できゅっと心を引き締めてくれるのさえも心地よく感じてしまうの。

それはきっと、誰もがこの日を心待ちにしているからだと思うのだけれど、本当はどうなのかな? 
そういうことなんて考えてもいない人もいるのかな?

この日に向けてたくさんの素敵な物語がいくつも生まれてる。
そのどれも全部がかけがえのない大切な宝物で、美しい夢をみんなにみせてくれたこといつまでも忘れない。

その美しい物語に心からの感謝と尊敬の気持ちを贈りたいの。

どうか贈らせてください。

その物語たちがいつまでもみんなの心の中で生き生きと輝いていてくれますように。 

美しいあの日の思い出のように。



シャンシャンとなる鈴の音。

大きな大きなもみの木に飾り付けられたたくさんのオーナメント。

どれもがキラキラとつやつやと輝いている。

雪洞のようなまあるい灯り、薄いピンクやブルーの色の優しい灯りのその下で、人々は思い思いのダンスを踊っているのだ。

それぞれに思い思いの衣装を着けて、大切な相手と大切な時間を満喫している。

この日この場所に来ることができるのは選ばれた人間だけ。

そのことを誰もがどこかで知ってはいるのだけれどでもあえてそれをこの場所で口に出す人は一人もいなかった。

そんなことはどちらでもいいことなのだ。

大切なのは別のこと。

みんながそれを知っている。

でも言わないで踊っている。

美しい音楽に合わせて軽やかに。


ここで君に会うことができるなんて…。

ここであなたに会うことができるなんて…。

二人ともそう思っているのに何にも言わずにただこの時をひたむきに踊り続けているのは本当のことがすべてわかっているから、そしてこの日をずっと待っていたからこそ踊ることそのことに集中することができるのだ。

今こそがすべてなのだから。

ピアノが奏でる美しい旋律は心の奥の奥まで自然に深くしみ込んできてひびだらけになってしまった心を柔らかく包み込んでいく。

みんなきっとおんなじような心の痛みを抱えながら平気なような顔をして生きているに違いない。

苦しいことが何もない人なんて絶対にいるはずがない。

そう思うことができる人が本当の大人なのではないか?

そんなふうに思うのだ。

だから大人の定義というものは多分年齢でも職業でもなくて人の心の痛みがわかり、そのことを実際の生活の中で受け入れていたわることができることなのではないかと思うのだ。

自分自身がちゃんと大人になっているのかどうかなんて本当はわからない。

そして今そのことよりも大切なのは踊ること。

ゆっくりと確実にステップを踏みながら先に先に進んで行くということなのだ。

緩やかにしなやかに音楽は流れ、人々のステップは軽やかに続けられている。

君の着ているドレスの裾はキラキラと輝きながらひらひらと揺れながら僕の足をなでる。 
僕の心を揺らす。

ここはどこにもないところ。

ここに来ることができるのは一生に一度だけ。

そして今君と僕はその場所で踊ってる。

今ここにいてくれるのが君で本当によかった。

本当に本当によかった。


今ここにいてくれるのがあなたで本当によかった。

そう、私が踊りたかったのはあなただけ。

それ以外の人なんて考えることもできなかったの。

だから今ここにいてくれるのがあなたで本当によかった。

心からそう思う。

ねえ、あなたはどんな風に思っているの?

聞いてみたくても何にも言えないの。

そう、踊っている間お話はできなくて、だからあなたの考えていることは私にはわからない。

わからないの。

でもね、それでもいい。

背筋を伸ばして確実なステップを踏んでいるあなたについていくことができるだけで十分。 

しあわせよ。

心が躍るの。

何もかもすべてこの夜のために。

だからこそついていく。

どこまでもどこまでも。

あなたが進んで行く方に、どこまでもどこまでも。




シャンシャンシャンシャン、シャンシャンシャンシャン、

鈴の音はどこまでも続いてく。

そりの音はどこまでも止まらずに続いてく。

深い緑色の森を抜けて大きなそりは走っていく。

雪を蹴立てて大きな音を立てて、どこまでもすごい速さで。

分厚いコートを着た白いひげのおじいさんがその上に乗っている。

ーー本当にいるんだ。

現実なのか幻なのか、私にはわからない。

けれども今実際に私はそれを見てるのだ。

子どもの頃に信じていたサンタクロースの存在をこんなに間近に見るなんてもしも夢の中のことだったとしてもいいと思う。
現実である必要はないと思う。
それにしてもリアル。 本当にリアル。

今自分がどこにいて、どうしてここにいるのかなんてわからなかった。

気づいたらここにいた。

大きなそりはどこまでもどこまでも走っていく。

ものすごい勢い。

ものすごい速さ。

そして何もかも振り捨ててそりは行く。

走ってく。



音楽が終わった。

踊る人達もいつのまにかいなくなってしまって私はあなたと二人きりになってしまった。

二人とも何も言わない。

しんとしてしまった。

寒いと思った。

踊っていた間はわからなかったのだけれど薄いドレスだけしか着ていなかった私は冷たい空気にさらされて震えそうになってしまった。

そうしたらふわっと何かが肩に掛かった。

あなたが自分の着ていたものを私に掛けてくれたから私は少しほっとした。
けれどもあなたは寒くないの?

見上げるとあなたは少し震えてた。

寒いのね。

大丈夫?

声にならない言葉がこぼれだしそうになる。

じっと見つめてしまったらあなたはそっと笑ってくれた。

私もそっと微笑んだ。

そしてその夢は終わってしまった。



クリスマスイブの夜こんな不思議な夢を見た。

本当のことみたいにものすごくリアルな夢を。

これだけが今年私が贈られたクリスマスプレゼント。

他には何にもなかったの。

さみしいな。

夢だけじゃ。



クリスマスイブの夜、僕は不思議な夢を見た。

夢の中で僕は社交ダンスを踊っていた。

一度も踊ったことのない知らない人と踊っていた。

ほんとに不思議な夢だった。

でも目が覚めた時僕は心がとても満たされていて何だかしあわせな気持ちだった。

その理由はわからない。

わからなくてもいいと思った。



クリスマス当日、私は不思議な夢を見た。

サンタクロースのそりを間近で見ていた。

ものすごい迫力だった。

あんなものもう二度と見ることはないだろう。

とても不思議な夢だった。

本当に不思議な不思議な夢だった。

イブの夜に誰かと踊っている夢を見た後で何にもプレゼントがもらえないことを嘆いていたらサンタクロースの夢を見た、なんてそんなこと誰にも話すことはできない。

それにしてもほんとにすごい夢を見た。

本当にすごい夢。

ものすごくリアルだった。



クリスマスなんて関係なしに今日も仕事に追われている。

今日の空は快晴で雲一つない。

えけれども沢山の灯りがずっと点いているこの街では星を仰ぎ見る人なんてほとんどいないだろう。

目の前に輝いている美しい物がたくさんあるのに大してはっきりと見るわけでもない星を見上げるなんてしないだろう。

僕ももう何年もこの街で夜空を見上げることなんて考えたこともなかった。

いつもいつでも目の前に片づけなくてはならない仕事が山のようにあって、それがなくなることなんて絶対にありえなかったのだから。

けれども仕事が終わって家に帰る途中で僕はふっと空を見上げてみたんだ。

街灯が沢山煌々と点いているからそんなによくは見えなかったのだけれど星たちはそれでもそこで輝いていて僕はなんだかほっとしたんだ。

変わっていないものがある。

そしてふっと、イブの夜見た美しい夢のことを思い出した。

なんていい夢だったんだろう?

本当にいい夢を見た。

あの夢のように心から愛せる人と人生を共にすることができたらどんなにいいだろう。

素直な気持ちでそう思えた。




星が降っている。

この流星群は一体どこに行くんだろう?

沢山の星が降る中を私はふーっと漂っていた。

そしてあの人にもう一度出会ってしまった。

どうしよう?



星の降る夢の中で僕はまたあの人に出会った。

冷たい空気と風を感じていた。

空気はとても澄んでいて、心は透明な水のように感じられた。

澄んだ心をはっきりと意識することができたのはとても嬉しいことだった。



あの人と目が合った時、私の目から冷たくて清らかな何かがいくつもいくつも零れ落ちた。

その何かは透明で輝いていて雪の結晶のような形をしていた。

サリサリ、サリサリ、優しい音をたてながら、それは零れ落ちていく。

ああ私、きっともう前のようには戻れない。

ひとりでも平気な自分には戻れない。

そんなふうに思って悲しいような嬉しいような複雑な気持ちになった。

いつか必ずこの人にきっとどこかで知り合えて二人は一緒に生きるようになることがどこかで決まっているってなんとなくわかったの。

それは静かな諦めと喜びと明日への希望のように思えて心が大きく大きく揺れた。

そう、もう決まってしまっているんだもの。

もうどうすることもできないんだもの。

引き返すことなんてできません。



僕はきっとこの人に会う。

なぜだかそう確信することができた。

君と僕はもう共に人生を歩いていくということが決まってしまっているんだね。

目を見合わせると君の目から零れていたキラキラとしたものが消えてしまって、きれいにうるんだ瞳がまっすぐ僕を見つめた。

僕達が見つめ合っている間、時間はずっと止まっていた。



僕たちがいつの日かまた出会って、クリスマスの夜にお互いが見た夢を話し合うことができるのかどうか、確かなことはわからない。

けれどもきっといつまでも心の中から消えないだろう。

あの日見た美しい夢は。




百瀬七海さんのご厚意でこちらの企画に参加させていただくことができました。 
百瀬さん、素晴らしい経験をさせてくださって本当にありがとうございました。














  


















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ありがとうございます。 嬉しいです。 みなさまにもいいことがたくさんたくさんありますように。