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蕎麦屋酒は何が楽しいか

 “蕎麦屋酒デビュー”した頃、「こんなに純和風な世界があるなんて! ステキ!」と高揚した。

 蕎麦屋酒とは、読んだ字の通りで、蕎麦屋でお酒を飲むこと。特別珍しいことでもないけど、お酒が好きな人でも「今日は蕎麦屋に行って飲もう」という選択肢がある人はかなり少数のよう。もっと、あの居酒屋で飲んだ、あのスイーツ店に行ったくらいのレベルで話題になるような身近な存在になってもいいのになあ、という願望をもっている。酒飲みなら、特別な店に行かなくても町の蕎麦屋でお酒を飲むのは楽しいはず。

 私が思う、蕎麦屋の魅力は四つある。

 一、まったりお酒が飲める。

 蕎麦屋は、何に似ているかというと、喫茶店に似ている。居酒屋とかバーとかなんかより落ち着いているし、さわやかな雰囲気。食事だけする人もいるし、1人でお酒を飲む人もいるし、2〜3人でささやかな昼下がりの時間を楽しむこともできる。まったり昼酒するにもうってつけ。かといって、夜もいい。夜遅くまで営業している店は少なくて、その代わり昼より静かな店も多い。昼でも夜でもリラックスしてマイペースに飲める。

 二、日本文化が楽しめる。

 蕎麦屋酒がはじまったのは江戸時代。というかそもそも麺状の蕎麦が食べられるようになったのも江戸時代後期。蕎麦屋で、客は蕎麦が出てくるのを待つ間に、蕎麦ダネに使われる食材や蕎麦味噌やらをつまみながら酒を飲んで待つのが常で、その文化がそのまま残っているのが、蕎麦前、蕎麦屋酒。蕎麦屋は実はそんな江戸時代から続く文化そのものでもある。

 加えて、古い和風建築物のまま営業している店もあるし、店内の内装や家具、器などが和風のテイスト統一されていて、“ザ・ジャパン”な雰囲気を楽しめる。

 三、おいしいおつまみ。

 蕎麦屋酒を始めた頃、まず、おつまみがおもしろいと思った。

 蕎麦屋の定番のおつまみといえば、蕎麦の付け合わせにも使われる板わさ。それから蕎麦の実を甘辛い味噌と混ぜた、蕎麦味噌。あと、焼き海苔、卵焼き、天ぷら。天ぷらはともかくとして、おつまみは、正直、けっこう、地味。

 板わさってつまりかまぼこのことで、料理をするわけじゃないから、下手をしたらスーパーで売っているものと変わらない。適当な大きさ切られて、わさびを添えて出される。蕎麦味噌なんて、醤油皿に味噌がちょこっと乗ってる感じ。

 そんな感じで地味なのに、ちょっとした発見があるのが、おもしろいと思った。

 例えば、板わさや焼き海苔にに添えられたわさびや醤油が絶品、という店がある。蕎麦屋じゃなくても高級店やこだわりのある店では醤油もわさびも美味しいのかもしれず、驚くほど珍しいことじゃないかもしれないが、なんせ提供されるのが海苔やかまぼこなどシンプルなものだけに、わさびの美味しさも醤油の美味しさも、とても引き立つもので、これが私にとっては新鮮だった。

 蕎麦味噌は見た目は地味だけど、何軒かの店で蕎麦屋酒をやってみると、その存在感は侮れない。店によって味が全然違うので、その店のオリジナルを味わえる。また、日本酒がいつもの何倍も美味しくなる(これは蕎麦味噌だけじゃなくて蕎麦屋のおつまみ全般にいえることだけど)。

 焼き海苔は、ただの海苔なのでこれまた地味。でも提供のされ方はわりとはちゃんとしていて基本、味付けのりとかは出てこない。 

 カットしたサイズの海苔が、温められた(もしくは燃料が内包された)木箱に入れられて出てくる。海苔に、よりパリパリ感が出るだけでなく、磯の香りが立つ入れ物で、見た目は結構立派。これが蕎麦屋以外で使われているのを私は見たことがない。初めて見た時は、海苔がこんな小洒落た装いで出てくるのか! 蕎麦屋すごい! と思った。

 こんな感じで、家でも食べられそうなものをわざわざお店で注文し、ちょっと洒落た風に出てきて、お銚子とお猪口と一緒にテーブルに並んでいるのを見たら、なんだか子供の頃おままごとをしていたときのようにワクワクした。

 蕎麦屋ではその他に、焼き鳥、お浸し、焼き穴子、お店によってだが、刺身やカツ煮なんかもわりかし見かける。

 蕎麦屋のおつまみはほとんどが純和風。だからお酒はやっぱり日本酒がよく合う。というより、いつもの何倍も美味しくなる。種類豊富に取り揃えているところも多い。日本酒は蕎麦屋で飲むのが一番美味しいと思う。

 四、“蕎麦前”を通過した者の蕎麦の楽しみ方がある。

 日本酒と一緒に蕎麦を味わったり、ほろ酔いで食欲増進したところでさまざまな蕎麦を味わったり。

 蕎麦前ができる店というのは、半分くらいの確率で、蕎麦の量が少ない。立ち食い蕎麦の半分、ないし3分の1くらい。江戸時代はそれこそ、食事と食事の間に、喫茶店のような感覚で使われていたというから、その文化を今も引き継いでいるのだと思う。

 が、現代人である私は昼や夜に食事を楽しみに行くことがほとんどなので、あんまり粋じゃないんだけど、たっぷり食べてしまう。2人で行って、それぞれせいろを食べて、足りなくて、あたたかいかしわ蕎麦を一杯追加し2人で食べたこともあったし、お酒を飲みながら途中でざるを一枚頼み、日本酒と味わうこともある。

 もともと通常の二八そばのほかに、田舎そば、更科そば、といくつか種類がある蕎麦屋もあるし、産地の違うそばを揃えているところもあるから、そういったところでは、何種かがセットになっているメニューもある。

 ただ、いわゆる町蕎麦と呼ばれる蕎麦屋は、蕎麦の量は立ち食い蕎麦屋なんかと変わらない。蕎麦も通常の二八蕎麦のみというところがほとんどだろう。その代わりに、カツ丼や親子丼という選択肢が増える。

 どちらにしても、最後に蕎麦湯を飲んで、ごちそうさまでした。

 蕎麦屋でお酒を飲んでるのは、おじさんやおばさん、だったらまだいいほうで、店によってはもはや初老の人たちばかりだったりする。一方で若者がお酒を飲まず蕎麦をパスタのようにすすらずに食べている店も。せっかく素晴らしい文化を楽しめる場所なのにな〜と、思うようになった。

 なんてことを言っているけど、私が“蕎麦屋酒デビュー”したのも、30代で、もはや若者の域を超えていた頃。皆さんもぜひ年齢に関係なく足を運んでね。

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