ポーズで言ってるんじゃないんだ

職場に、言いたいことが500万個あった。

安全靴が硬かった。25日我慢して、やっと二種類ある内の柔らかい方の、25.5センチを履かせてもらえた。サイズが合わない靴で、うまく言えないけどだいたい思いつく「デパート」のフロア3つ分くらいの広さの外周を、1時間に一回の休憩毎に歩かなければならない苦痛。それは、呑んだよ。

でもね、炎天下も土砂降りも外で車両の受付やってるガードマンが、「ぼくが言っても交換してくれないんす」と笑いながら私に言ったのは、二種類ある柔らかい方も「それは高いから」と言われ、選ばせてもらえないってことだった。足が痛くて痛くてと言うその話を聞いてみると、彼の訴えは「冗談」で処理されていた。その訴えを処理した上層部Yは、いつも「なにか“こうした方がいい!”というのがあれば言ってね!」と張り付いた笑顔で新人の私たちには言う。

遭遇したら言おう。きっと言おう。「冗談じゃなく、受け取ってくださいね。」と添えて。でも、ふと気づき、自分がはじめに履かされていたサイズ違いを彼に履いてみてもらうことができた。彼のサイズとは違ったけど、「入りますわ」と言って受け取ってくれ、「全然違いますわ」と感動していた。それで当時の私には、上層部Yに言うことがなくなってしまった。

安全靴の底も硬かった。ガラスを踏んだときに足を保護するための「踏み抜き防止板」を入れなければならなかったから。私は絶対に嫌だった。腰が悪くなると思っていた。前職の経験からだった。だから密かに履かず過ごしていたら、あるとき別の社員が太ももを切る労災に遭った。それでどうしてそうなったか不明だが無線が入り、全員一斉に踏み抜き防止板が靴の底に入っているかを確認されることになった。その場で足を出して目視されることに。私は「入ってない」と言ったので、同様に入ってない人たちと司令塔に集められ、その場で板を底に敷かされた。私は不満で爆発しそうだったので、一言、「いやーこれ、腰が痛くなるんですよねー」と言った。がんばってちゃんと聞こえるように声を張ったせいで、泣きそうだった。でもそれを聞いて現場トップのGは反応をくれた。「板が硬くて痛いということもあるから、自分で買うのはOKだよ」とほかの社員に説明をしたりもしていて、私はその姿勢を内心評価して、大目に見ることにした。さらに少し薄型の板が発見され、それは手でカットせねばならない物だったけど、「でもこれいいじゃない」とGと共に盛り上がった。
でも啓蒙は忘れてはならんと「いや、ほんとにねー靴は大事やからね」などと話しながら片膝をついて敷物を靴奥に押し込んでいると、「いや、なむさんはこれやから」とGは言い、両手を上に挙げたかと思うと「バーーーーン!」と言ってアタックを打つジェスチャーをした。瞬時に何が言いたいのかがわかった。

その一週間ほど前に新人3人と上層部YとGと他、の6人で飲み会があった。そのときYは率先してあれやこれやと新人に質問する。その中で休日の過ごし方を聞かれ、「バレーボールに行ってます」と答えた。だが事実は少し違って、この3ヶ月は休んでいたのを、その飲み会の翌日から再び参加しようとしていたのを端折って答えた。そのとき斜向かいに座ったGの視線がパッと飛んでくるのが印象的だった。プライベートに関わる話もほとんど一切交わしてこなかった間柄だったので、「聞いたんだな」と思っていた。それが、まさかこんなところで飛び出てくるとは思わなかったのだが、私は、腹立たしかった。

靴が、いや、現場作業する者にとって身につけるものが体を守る上でどれだけ大事か、わかっていない。そもそもだと、ふり返って感じる。そもそも、そんな視点に立ってすらいなかった。

なむさんはバレーボールをしているから腰も痛むよね。と、それは決して皮肉ではないのだろうと思う。なにかのチャンス、会話の糸口、、程度のニュアンスで浮かび上がってきたジェスチャー付きの、満を辞した「ギャグ」。

私はキレた。「もう、この3ヶ月休んでたんですよ!! 仕事が大変で!!」

咄嗟にそちらが口をついた。靴が私にとってどれだけ大切かを言うよりも、てめぇに見えてない現実を知らしめるほうが、結果としてその「ギャグ」がいくつかのものを殺しているという意味においてどれだけクソつまらんかを突きつけることができるように思ったからだった。

「そうか」とGは笑ってしかし謝ったように思う。

それから何時間後かに、責任のある役割を「やれますか」と神妙モードのGに聞かれた。「あ、やれると思います」と答え、しばらく悩んだのち、「お手柔らかにお願いしますw」とさらに付け加えた。バシッとひと叩きあり、私は逃げるようにしながら笑った。そのこととは関係がなく、でも翌日から仕事へは行っていない。

冗談が人を結びつける。そうかな。そうかもな。でもな、その冗談は、本気の冗談でないとダメなんじゃないかと思った。やっぱり、ぬるかったり、ゆるかったりすれば、それは冗談になってない。冗談にならなかったものに気がつく耳はあるか? それがなければ、冗談は言えない。失敗している。お前たちは、上積みを撫でる。それも必要だろう。でもあくまで言葉は、本物だ。真意を読み誤れば凶器にもなる。いや、読み誤ることはいくらでもあるか。だからこそ、慎重であれと思う。冗談でかたちづくった心地よい職場は誰のものだ。私は、ポーズで言ってるんじゃなかった。それが辛かった。

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