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北朝鮮・南浦における造船所の動き

亜覧澄視、小泉悠(@OKB1917

はじめに

 南浦特別市は北朝鮮西部の黄海に面する主要都市として知られており、同市には北朝鮮有数の造船所として知られる南浦造船所が存在する。そこで軍用艦艇の建造が行われているだろうことは言うまでもないが、北朝鮮西部で「大型軍用艦艇」を建造可能な唯一な場所であることは見落とされがちである。
 今年8月28日の「海軍節」に北朝鮮の金正恩総書記が海軍司令部を祝賀訪問、その1週間前には海軍水上艦部隊を視察、さらには船舶用エンジンの製造を手がける北中機械連合企業所を現地指導するなど異例な動きがあるほか、これらの訪問における演説で「第8回党大会が打ち出した海軍武力発展路線をしっかりとらえて威力ある艦船の建造と艦上および水中兵器システムの開発をはじめ、海軍武装装備の現代化の実現に一層拍車をかけることで、海軍の現代性と戦闘能力を早期に画期的に向上させる上ではっきりした成果をもたらす」「海軍武力の急速な発展の成果を獲得するのは、最近、敵の侵略的企図と軍事行動の性格を見ても、極めて切実な問題として提起される」「国の船舶工業発展方向について今後、党中央委員会総会は重要な路線を打ち出すことになると確信し…」という海軍分野における装備の近代化を推進すると宣言した。
 こうした視察や宣言は現体制では初めてのことであり(注:水上艦部隊の視察自体は2014年12月上旬以来)、今後の動向が注目されるところである。
 日本海側では戦術核ミサイル潜水艦の進水やコルベットからの戦術核搭載巡航ミサイルの発射などの動きは見られるものの、黄海側での動きは判然としない。
 しかし、筆者が長く観察している南浦造船所で特異な動きがあり、それが上記の言動に関連するものか否かが注目されるものであることから、多くの方々の注視していだだく必要を感じた。
 よって、当記事ではここに停泊している艦艇の現状と共に紹介するので、参考としていただければ幸いである。

造船所における特異な動き

 特異な動きは、具体的には「係船岸壁の一部埋め立て」と「建物の改築」、そして「区画の整備」の3点である。ここでは動きの前後に撮影された造船所全体の衛星画像を紹介していく。画像に記した番号周辺が変化した場所である。

2022年3月24日に撮影されたもの Image ©︎ 2023 Maxar Technologies
2023年11月20日に撮影されたもの Image ©︎ 2023 Maxar Technologies

係船岸壁の一部埋め立て

 南浦造船所は北朝鮮有数の河川である大同江に面して建てられたものである。通常の桟橋や岸壁も存在するが、造船所エリアの一角(上の画像で①と示した部分)にロの字型をした係船岸壁がある。
 今まで同岸壁は特に注目するような場所ではなかったが、2022年3月以降にその船舶を係留させるべき水面の部分を約30%も埋め立てる工事が行われた。2023年11月時点でその作業は概ね完了したように見えるが、埋め立て地に建物が設けられるのかは判然としない。

2022年3月24日に撮影:すでに埋め立てが始まっている Image ©︎ 2023 Maxar Technologies
2022年4月10日に撮影:工事の模様がわかる Image ©︎ 2023 Maxar Technologies
2023年9月8日に撮影:埋め立てがほぼ完了 Image ©︎ 2023 Maxar Technologies
2023年11月8日に撮影:整地作業前のようだ Image ©︎ 2023 Google Earth
2023年11月20日に撮影:特に変化はない Image ©︎ 2023 Maxar Technologies

建物の新設

 造船所東側には天蓋式の船殻工場または船台(便宜上、工場とする)2棟が横並びに接して設けられており、その北西側には同様の施設がある(こちらは施設とする)。
 この場所は今まで大きな変化は観られなかったが、2023年9月末から11月月にかけて施設東側に大型の建物1棟と工場南東に中型の建物1棟が新設された。
 この動きは極めて異例のため注目される。理由としては、その建設速度もあるが、北朝鮮の黄海側で潜水艦を建造するのであればこの工場しかないからだ。とりわけ、工場のうち西側の1棟が2018年に大型の艦船が建造できるように建て直され、SLBM水中発射艀が南浦でも存在していることを踏まえると注目度はより高いものとなる(工場内で大型水上艦が建造されることもあると思われるが、今までは造船所内の無蓋式船台で建造していたのでその可能性は高いものとは言えないだろう)。

2023年9月8日:中心の建物が「工場」で左上が「施設」 Image ©︎ 2023 Maxar Technologies
2023年10月22日:「工場」右下と「施設」東側で建設工事が進められているが、後者は少なくとも大型の部品を製造するような場所には見えない Image ©︎ 2023 Maxar Technologies
2023年11月8日:いずれの建物も完成したように見える Image ©︎ 2023 Google Earth
2023年11月20日:工場側に新築された建物 Image ©︎ 2023 Maxar Technologies

 施設側に新築された建物の正確な用途は不明だ、ただ、今まではその場所が部品などの置き場所だったことを踏まえると風雨から保護するための天蓋式の保管場所の可能性はある(天窓や排気用の屋上換気扇が設けられていないのがポイント)。施設南東側で長年活躍していたクレーンが撤去されたことも注目される

2023年9月1日:施設と周辺の状況 Image ©︎ 2023 Google Earth
2023年11月8日:クレーンが撤去された Image ©︎ 2023 Google Earth

 工場側に新築された建物については、位置や内部構造を踏まえると部品を製造するようなものには見えない。この場所は2018年から2020年にかけて埋め立てられた場所であるため、それと関係があるのかも含めて今後も検討していく必要がある。

2023年11月8日:屋根は青か緑に塗装されるはずだ Image ©︎ 2023 Google Earth
2023年11月20日:クレーンが設置されるなどの変化が見られ、完工に至っていない可能性を示唆している Image ©︎ 2023 Maxar Technologies

区画の整備

 造船所東側の工場よりやや南西側には軍用艦艇を係留する岸壁がある。ここは主に配備前または整備中の艦艇が係留されているため、艤装岸壁な性格を持ったものだ。
 ここの岸壁前には赤い屋根をしたT字型の建物があるが、2023年7月下旬以降にこの建物がある区画の整備が進められていることが判明した。建物自体の改築が進められていることを踏まえると大幅な拡張を含めた可能性は否定できない。先に言及したものと異なってここは軍事的性格が最も強い部分であるので、今後どのように変化するか注目される(再設置された車回しの形状を見ると金正恩総書記や軍幹部の訪問などに備えた施設なのかもしれない。実際、2020年3月に金正恩総書記がここを訪問した兆候がある。)

2023年7月28日:整備開始前の状況 Image ©︎ 2023 Maxar Technologies
2023年9月28日:建物自体の北側が拡張されたほか、北側の植え込みやコンクリート舗装された部分も掘り返されている Image ©︎ 2023 Maxar Technologies
2023年11月8日:整備は進行中(黒い点は人) Image ©︎ 2023 Google Earth
車回しの動線となる部分はアスファルト舗装されていないほか、北側の区画はコンクリートがむき出しに見えることから作業は未だ進行中 Image ©︎ 2023 Google Earth

主要な艦艇の動向

 ここでは造船所及びその周辺の艦艇の最新状況を画像と共に紹介する。

 アムノク級コルベット:金正恩総書記が8月に日本海側で視察した「警備艦第661号」の姉妹艦(ただし僅かに形状などが異なる)。一見して完成したように見えた2019年から現在に至るまで未だに朝鮮人民軍には配備されていないが、造船所内での岸壁間で移動している様子が確認できる。
 上の画像では主砲が「661号」と異なる主砲であるようだが、その直前に撮影された下の画像を見ると今まで論じられてきたオットーメララ製の76mm砲のコピーではなくテチョン級警備艇に搭載されている85ないし100mm砲のように見える。ただし、それが事実でも砲塔の交換は頻繁になされている状況なのでそのまま配備されるかは不透明だ。

11月8日:砲身長と砲塔上の黒点が旧式砲が搭載された可能性を呼ぶ Image ©︎ 2023 Google Earth

 ノンオ級ミサイル艇:2004年に試作1隻と量産型1隻が初確認されたSESまたは双胴船方式の高速ミサイル艇で、量産型は北朝鮮の海軍艦艇の中では最も高度な兵装及び電子兵装を備えている(注:アムノク級コルベットの武装も基本的にノンオ級のものとほぼ同じ)。
 2020年秋から(最終的に3隻となった)量産型の整備が始まったように見えたが、このうちの1隻は艤装岸壁と工場の南側を移動する以外に動きがない。付近の基地に係留された試作型及び量産型も動きはない。
 また、2018年に進水が確認された改良型の船体は現在でも艤装されず放置されたままとなっている。

試作型と量産型の区別は容易だ(写真の量産型のうち、右側は主砲が未装備のままだが艦橋上にレドームが装備されている) Image ©︎ 2023 Google Earth
艤装岸壁と係船岸壁の境目付近に停泊している:砲身の影が見える Image ©︎ 2023 Google Earth
改良型は進水から5年も放置されたままだ:右隣のナルチ級VSVもまったく動きが見られない Image ©︎ 2023 Google Earth

 ナルチ級VSV:2013年ころに初確認された高速魚雷艇で、大きさや種類は多数存在している。南浦造船所には上の画像を含めて4隻存在するが依然として軍に配備されていない(画像は省略)。

参考資料

朝鮮民主主義人民共和国の陸海海軍(大日本絵画)

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