成長か停滞か

 成長という言葉ほど僕に似合わない言葉はない。生まれてこのかた、大人になったとか成長したとかいう自覚がない。
 成長ってある意味退行だから。良いことばかりじゃない。

 僕の人生は人に比べれば平凡なものだろうが、それでも主観としてはかなり波乱に満ちたものだと思う。今だって将来に不安な気分でいるし、すぐにでも起きるはずだと危機感を持ってる。
 僕は本当に色んな苦労をしてきた。中学の環境は素行不良な輩がうろついていてひどいものだったし、高校なんていじめを経験している。
 今は大学の成績がちゃんと出るかどうか戦々恐々。
 こんな、次から次へと起きる苦労の中で、普通の人は「成長する」のだろう。だが僕の場合、そういう苦労は自分の在様に暗い影を落とし続けている。はっきり、悪い影響しかない。
 性格は昔に比べればずっとひねくれてしまった。床に寝転がってるだけでも嫌な言葉とか情景を勝手に造りだして一人苦しんでいる。これからますます多くの苦しみを経験するので、僕の頭はもはや悪口の肥溜めになってしまい、まっとうに生きたり表現するのは不可能になる。この道に僕はいる。

 成長してはいけない。成長したら見失ってしまうものが沢山あるから。たとえば、幼い頃はこの世界が不思議に満ちていて、光り輝いているような錯覚の中に居るものだ。なぜなら、世界その物をまだよく知らないから。
 けど、成長してある程度世界の大枠がつかめてくると、もうそれこそが世界の姿なのだなと納得してしまう。知ることをやめてしまい、「人生は所詮こんなもの」と固定化してしまうのだ。
 また成長すると善悪の概念を獲得してしまい、人を疑うようになる。人を疑い、あるいは嫌ったり憎んだりもし始めるから苦しみはますます募る。それが人間としてまともな姿なんですか?

 ゆえに、成長と退行は必ずしも矛盾しない。

 人は僕を「成長した」と言うだろうけど僕としてはそれは「堕落した」と言いたいことだ。
 ガキからクソガキにレベル・ダウンしたと言うべきか。
 だから苦労なんてしない方がいいに決まってるし、「苦労が人を成長させる」などとはとても言えることじゃない。
 人間が成長せざるを得ない今の環境が一番だめなんだっつの!! 誰かのために苦労して成長するとか願下だって!
 今のままが一番いい。成長するとかしないとかじゃなくて、人間が今のままで快適に過ごせる世の中を造ることが急務なんだろうがよ!!
 僕としては、今のままで十分なのだ。今のまま、成長せざるを得ない試練を与えられなければそれで十分。

 成長して、誰かに役に立てることもある。
 けど、誰かを傷つけてその結果成長するってどうなの?
 まして、自分が成長して誰かを傷つけることもあるかもしれない。この世の中で何かを手に入れる時、それは他の誰かから奪うことでもある。

 本当なら、成長なんてせずに、何も知らない子供のままで、それも誰も傷つけずにいられたらそれが再興なのに……やれやれ、「ケガレの文化」に染まった思考だぞ……

 成長が不要なものと言うつもりはないけど、苦労した人間、成長した人間ほど偉いなどという風潮に乗るつもりは心底ありません。
「俺が苦労させたおかげでお前は成長したんやで」などと言わせないために。