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【創作】待つは桜か薔薇か #シロクマ文芸部

こちらの企画に参加です。

(以下、本文です)

 桜色に火照る首もとが見上げた目に飛び込み、半沢の心臓は激しく高鳴った。最初に見た時から美人と思ってはいたが、着慣れていないはずの浴衣姿がとても艶めかしかった。

 半沢は女性の体を知らないわけではないが、初めて見る外国人の浴衣姿という状況が、より一層心を揺さぶったのかもしれない。

 地元の若者5人により、町の活性化策を考える「若者定住会議」の公式な場では「郷田の若旦那」が座長として上座に座る。
 が、自由討議という名目の宴会時間からは、年長者として郷田に上座が準備され若旦那は事務局と共に末席になる。
 会場を提供している若旦那や事務局の配慮ということを半沢も受け入れていたが、第二回会議に講師として参加した英語講師のジェニファーも来賓として上座に座ることは予想外だった。誰からも事前説明がなかった。
 がっしりとした熊のような体躯の半沢と華奢なジェニファーが並んで座る姿は「美女と野獣」という意味ではお似合いだったが、半沢は目のやり場に困り、落ちつかないように見えた。

 主賓のジェニファーを挟んだ反対隣に教員の桜井が座り通訳をしていたが、半沢は恥ずかしさを隠すかのように、いつも以上に早いペースで飲み、喰らいながらにこやかにジェニファーと話をした。来賓をもてなそうとしているように見えた。

 少し酔いが進んでからは、身振り手振りと日本語、片言の英語でジェニファーと直接コミュニケーションをとった。
 ジェニファーは愛らしい笑顔で会話をしているため、独身の半沢が夢中になるのも仕方ないと周囲の誰もが思いながらも、二年後には英国に帰国するジェニファーと半沢の未来を考えると、少し苦い思いもこみ上げていた。

 ジェニファーとの話が一息ついたところで、半沢が田中に声をかけた。
「田中君、妖精の住むふるさと事業のメインつうか、シンボルとなる事業はどんなことを考えとる」
(まだ何も考えてないですよ。だってようやく先刻、皆さんからテーマの承認を得たとこじゃないですか)
と田中は言えず、盃を干しながら考えた。
(何か何か言え、俺。ハッタリでも何でもいい。妖精でも英国でもいい何かないか。あ、ある)
「美術館とか博物館のような、妖精が住む館、妖精がいる場所を創れたらと考えています」
「妖精美術館、フェアリーミュージアムってことか」
「フェアリーミュージアム?」
半沢の声にジェニファーの弾んだ声が続いた。目も輝いている。
「武藤君、ちょっといいかぁ」
半沢が武藤を手招きしたところ、何故か渡部も近づいてきた。田中は座る場所を少し横にずらして、半沢、ジェニファー、桜井、武藤、渡部、田中が円形に座る。
「武藤君、田中君が妖精美術館を造りたいそうだ。長谷川建設的にも良いアイディアだと思わないか」
「いいですね。うちの会社は土木がメインですけど、僕の本職は設計、建築屋ですから美術館の設計とかやりたいです。個人住宅とか役所の建築物は、セオリーどおりで正直ツマラナイです。いいですね妖精美術館。是非実現して欲しいです」
渡部が続く。
「核となる施設があれば、その周辺開発なんかも面白そうですね。妖精の小路とか妖精展望台とか、ちょっとしたテーマパークみたいにして、子どもも高齢者も楽しめるんじゃないですか。しかも妖精美術館っていうは斬新ですね。もしかしたら日本で初めての施設になるかもですよ。事務局で似たような施設があるか、次回の会議までに調べておいてくださいよ」
武藤も田中に要求する。
「あ、それなら僕もお願いしたいことがあります。妖精美術館をイメージできる資料、設計の基本資料を準備して欲しいです。まぁ妖精美術館というのは無いでしょうから、こう英国風の瀟洒な建物、美術館的な仕様の概要が掴める資料が欲しいです。何も無いところから、設計するのは正直難しいので、いくつか材料を集めて欲しいです」
 顔を赤らめた半沢が上機嫌で武藤を褒めた。
「いいね、いいね、武藤君。やる気満々じゃないか。将来の長谷川建設を背負う人材は動きが早い」
渡部は口惜しそうに少し眉をひそめながら半沢に提案した。
「あとあれですね、美術品の展示だけじゃなく、妖精のことを学べる集会室とかも欲しいんじゃないですか」
「渡部、いい意見じゃないか。後で郷田にも話をするが、若者定住会議としての妖精の住むふるさと事業は、妖精美術館を核としてハードソフト両面の事業を進めて行くというのはどうだ」
渡部は盃をヒョイと持ち上げながら頷き賛意を示す。他の者も同じように頷きながら盃を掲げた。
「剣を捧げた円卓の騎士みたいじゃないか。最初に妖精というテーマを授けてくれたジェニファーに皆で乾杯しよう」
 半沢は全員の盃に酌をしてから自分の盃にも酒を注ぎ、ジェニファーに向かって杯を掲げた。ジェニファーに半沢の言葉は通じてないように見えたが、嬉しそうにコップを持ち上げた。
「かんぱーい」
桜井がジェニファーに説明するとジェニファーが
「Chevaliers de la Table ronde」
と声を上げてから歌い出した。

Chevaliers de la table ronde,
Go  tons voir si le vin est bon,
Go  tons voir, oui, oui, oui,
Go  tons voir, non, non, non,
Go  tons voir si le vin est bon

 歌い終えると皆を見回してから「oui, oui, oui,&non, non, non」と身振り手振りで伝えてきた。桜井が半沢に説明する。
「俺たちにも歌って欲しいそうです。ウィウィとノンノンのところですね。円卓の騎士の歌だそうです」
「円卓の騎士か、英語にしては何だか難しい発音だな」
「フランス語のようです」
半沢が手拍子を始めると再びジェニファーの歌声が響いた。

Chevaliers de la table ronde,
Go  tons voir si le vin est bon,
Go  tons voir, oui, oui, oui,
Go  tons voir, non, non, non,
Gotons voir si le vin est bon

 車座から楽しそうに歌声を響かせる姿を郷田と高橋は少し離れたところから見ていた。
「随分と盛り上がっているなぁ」
郷田が感心したような声を出した。
「ありがとう。俺たちの段取りの悪さを座長に助けてもらい感謝している」
「皆が町のために何かしたいと思いながら、何もできずに燻っていたところに田中君が火を付けてくれた。いい若者に来て貰えたよ」
「定住してくれれば、なお有難いんだけどな」
「まぁ頑張ろうぜ。まずは『妖精の住むふるさと事業』を成功させよう」
 何度か歌を繰り返しながら、円卓の騎士たちが杯を重ねた。

 ジェニファーが桜井に耳打ちする。
「半沢さん、ジェニファーが御礼を言いたいそうです」
「アリガトウ ハンザワサン」
「御礼を言われるようなことはしとらんぞ」
 桜井が通訳し、ジェニファーが桜井に答える。
「イギリスから来て、国際交流協会のイベントとかで、在日外国人同士の交流とか子ども向けのイベントは何度かありましたが、会津の大人と交流する機会が無くて寂しい思いをしていたそうです。今回は半沢さんがきっかけを作り、皆で温泉と宴を楽しむことができて、とても嬉しいとのことです」
 ジェニファーは半沢を真っすぐに見つめて頷いた。
「教育委員会の連中はイギリスから呼んでおいて寂しい想いをさせるとは、何しとんだ」
 教育委員会に対して憤った後、半沢は体と声を小さくしてジェニファーに話かけた。
「あぁ、あの、無理しなくていいし、嫌なら断っていいんだが、もし近々の週末に時間があれば、一緒に桜を見に行かないか。この辺りはまだ桜を見ることができる名所がある。何と言うか、Sakura sightseeing with me」
 半沢の顔が薔薇のように真っ赤なのは、酒のせいじゃないと誰もが感じていた。桜井が通訳する前にジェニファーは笑顔で「OK」と答えた。

 車座で座っていた男たちは、半沢とジェニファーが桜色の小路を歩く未来だけでなく、バラ色の人生を歩んで欲しいと願いながら、そろりそろりと自分の席に戻っていった。
(本文ここまで)

 はい、またまたやらせていただきました。
 知ってる人は知っている、知らない人は覚えてください。
「銀山町 妖精綺譚」のスピンオフというか、冒頭等を少し変えただけの、本文エピソードになります。
 詳しく知りたい方は「銀山町 妖精綺譚」をお読みいただければです。
#何を書いても最後は宣伝
 また何はともあれ、こちらのKindle出版した物語を読んでいただきたいです。

 

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