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彼と、私と、君。

私たちはいわゆる仲良し3人組だった。クールな装いと子どもっぽい言動がミスマッチだと言われがちな私と、私と5cmしか変わらない身長がコンプレックスで、でもくりくりした大きな目の愛らしい顔にはちょうどいい背丈の君と、長身で鼻筋の通った万人受けイケメンであるにもかかわらず私服は2パターンしかない彼の、どこかちぐはぐな、それでいて最高に居心地のいいトリオだった。私たちは適度な距離感を保ちつつ、3人で遊んで、飲んで、笑い合った。私たちの関係がなんとなく出来上がって、3年目に差し掛かった初夏のあの日。今度どこ行く~?なんていつものように3人のグループラインでやり取りをしていたら、彼が個チャでこう送ってきた。

「2人で海行きたいと思った。」

そっか。と思った。海には数日前に3人で行ったばかりだ。ならば彼にとって大事なのは海に行くことよりも私と2人で行くことなのだろう。今までの関係は何だったの⁉なんて混乱したりはしなかった。そんな朝ドラのヒロインみたいな反応ができるほど、私はピュアじゃない。

「いいよ。行こ」

彼は既に行き先を考えていたようで、私が返信してすぐに日にちを決めて、場所は内緒で、なんて言って、犬のキャラクターが「楽しみ~!」と小躍りしているスタンプを送ってきた。普段から行動の先が読めなくて、行き当たりばったりなようでありながら、同世代の人間が考えたこともないくらい先のことまで見据えている彼が、今何を考え、何を思っているかなんてことを私にわかるわけがない。だったら無駄に考えあぐねるより、「2人で出掛けるの初めてだ!楽しみ~」と思っていればいいのだ。私は彼が送ってきたのと同じキャラクターがウインクしているスタンプを送った。

出掛ける当日。彼が車で家まで迎えに来てくれることも、BGMは自分のプレイリストを流すと言い張り合うのも、いつも通りだった。3人ではないということ以外は。

「初デートだね~」

運転しながら満面の笑顔でそう言う彼の横顔はこれまたいつも通りとても整っていて、それでいていつもより心なしか無邪気だった。真っ青な空の下、助手席から見えるキラキラ光る海。車を降りて2人で浜辺を歩いて、お昼に海鮮丼を食べて。絵に描いたようなドライブデートを、私たちは心の底から楽しんだ。車に戻って、この後どうする?と聞くと、彼は言った。

「ホテルとってあるんだよね。」

何の含みもなく、私をまっすぐに見ながら放たれた言葉に対してよりも、未だなお動揺していない自分に私は驚いていた。彼の気持ちと同じくらい、あるいはそれ以上に自分の気持ちがわからなかった。ただ、この後私たちがどうなってしまっても、私と彼の心の位置は変わらないだろう、そんな気がしていた。

彼が予約していたホテルは想像をはるかに超える高級ホテルで、部屋の窓いっぱいに海が見えた。どんなに記憶を遡ってもこれほどまでに綺麗な海を見たのはこの日が初めてで、興奮と同時に今の今まで気が付かないフリをしていた彼の気持ちを正面から見せつけられた気がした。

その日の夜、私たちは体を重ね、求め合い、一緒に露天風呂に入って真っ暗な海を見た。自分の体温とお湯の温度と私を抱きしめる彼の温度が一緒くたになって境目がわからなくなっていた。きっと全部、夜の海に溶けていた。

彼との旅を終えた後、彼が2人で出掛けることをあらかじめ君に話していたことを知った。

「ドライブデート、どうだった?」

あどけない笑顔で聞く君に、私は「楽しかったよ」と言うことしかできなかった。ただ、君は私たちが泊まったということは知らなかった。それでも、2人で出掛けて以降、私と彼が言葉を交わしているのを見る君の目が変わってしまったことに、気が付かずにはいられなかった。君のラインのアイコンが、私が撮った写真から知らない人達との集合写真になっていた。無視されることはないけれど、君から話しかけてくることはなくなってしまった。

彼はあの日以降も今まで通り、まるで私たちの間には何も起こらなかったかのように接してくる。その態度にホッとする反面、あの日私にだけ見せた今まで見たことのない彼の表情の数々を思い出すと、余韻に浸っているのは私だけなのかとどこか寂しい気持ちになった。

予感していたように、私と彼の心の位置は変わらなかったけれど、君と私の心の位置は大きくズレてしまった。彼と私を結ぶ線の色が移ろって、君との間に結び目ができてしまうなんて思いもしなかった。そしてその事実が彼と一線を越えたことよりも私の心の中で燻っていることに、困惑していた。

彼と、私と、君。それぞれの気持ちが目で見えたのなら、一瞬でこの胸の燻りは消えるのだろう。でもそれは同時に私たちの関係が跡形もなく壊れてしまうことを意味する。永遠に続くものなんてないけれど、私はまだ彼と君を失う覚悟を持ち合わせていないから、すべてを吞み込んで、夏のせいにした。

#2000字のドラマ


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