うっかりゲイバーでバイトしてしまった時の話 (3)

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水商売デビュー

初めての出勤日。営業開始の1時間前に店に行くと、すでにマスターと後藤先輩が待っていた。

「タシノソくんだから、タっちゃんだね。これからよろしく」

店内の簡単な説明を一通りするとマスターは外出して、ジャルジャル後藤先輩に教わりながら開店準備を手伝った。

後藤先輩と二人きり。グラスを拭きながら雑談している中で、よく分からないことを聞かれた。

「タっちゃんて、ノーマル?」

ノーマル?
聞かれている意味が分からなくて頭を捻ったが、まあアブノーマルではないことは間違いないので「はあ、ノーマルだと思います」と答えておいた。
ちなみに、今聞かれたら若干アブノーマルですと答えている。18のおれは色々と若かった。

しばらく黙々とグラスを拭いていると、またボソリと聞かれた。

「タっちゃんは……なんでこの店に来たの?」

また質問の意図が分からなくて、ひょっとして嫌われてんのかなとドキドキしたが「マスターと後藤さん優しそうだったし、お店の雰囲気も良かったもんで……」とか言ってると、後藤先輩は「うーん、そうかー」と勝手に納得して、よく分からないままその話題は終わった。

営業開始時間の少し前にマスターが返ってきた。
後藤先輩が「タっちゃんノーマルらしいですよ」とマスターに謎の報告をしていたのがすごく気になった。何かアブノーマルな感じに疑われてたんだろうか?

いよいよ営業が始まる。
店内の照明が絞られて薄暗くなり、BGMのボリュームが上がる。とたんに、カジノみたいだと思っていた店内が夜のお店の顔になった。

緊張する中、最初に来たお客は、強烈なオネエ様2人組だった。
ピーターとナジャ・グランディーバとジャガーさん(千葉の)を足して3で割った感じ。

うおお、夜の世界の洗礼すげえ。

「あー、新人ちゃんがいる〜! 若そ〜!」

初めてみるガチのオネエ様に腰は引けていたが、がんばって笑顔を作って「よ、よろしくっす」と頭を下げた。

「18才のタっちゃん。この子ノーマルだから、よろしくね」

というマスターが紹介で、さすがに「おや、おかしいぞ?」と思い始めた。しかし、まだ「ノーマル」の意味が分からない。だんだん不安になってきた。

オネエ2人と楽しげに会話しているマスターに、酒の種類を確認するために声をかけるのだが、BGMが大きい上に、げらげらと盛り上がっていてなかなか聞いてくれない。

「あの、マスター! ねえ、聞こえてますか、マスターってば!」

と声をかけていたら、マスターにキっと睨まれた。
瞬間、「しまった、怒られる」と思った。お客と楽しそうに話しているところを邪魔してしまった。接客業として失敗だったと反省した。

「あのね、タっちゃん」

「……はい」

「マスターって呼ばないで。ママって呼んで!」

「……はい?」

すると、マスターは手元のポーチから赤い口紅を取り出すと、唇に塗って「んぱっ」として見せた。

おれは最初、それはマスターのプロ根性なのだと思った。オネエ様たちを楽しませるために、マスターが笑わせにきているのだと思い尊敬すらした。
さすが、水商売ってすげえ。これが接客業。これがプロフェッショナル。

しかし、オネエ2人が帰った後、続々と他の客が入ってきても、マスターはママのままだった。

そして、次々と客が入ってくるが、だれもマスターの口紅やオネエ言葉にはツッコまなかった。
一部、「お、今日の口紅はセクシーだねえ」という評価はあったが。

そして毎回のように、
「お、新人さんだ」
「18才のタっちゃんよ。この子ノーマルだからね」
というやり取りが繰り返された。

「ノーマル」が何なのか、教えてくれたのは平泉成に似た50代のオジサンさんだった。

「よおママ。この新人さん一晩貸してくれよ。幾らだい?」

「ダメよシゲさん。タっちゃんノーマルなんだからね」

「けっ、ノンケかよ兄ちゃん」

ノンケ……のんけ……ノンケ?!
ノンケって、あの、アレ?

営業が始まり2時間弱ほど経った時、ようやくおれは理解した。

ここにいる、おれ以外の全員が、ゲイとかホモとかオネエとか、そっち側の人たちなんだということ。

そして、このサピエンスというお店は、その道の専門店だということ。


サピエンス……サピエンス……

はっ!!?


ホモ・サピエンス!??


だとしたら、秀逸な店名だと思った。

【続く】

【注意】この記事には未成年が飲酒したり飲酒を強要される描写がありますが、これらの内容はすべてフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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