うっかりゲイバーでバイトしてしまった時の話 (4)
※ 2020/05/22 オチを追記
狩場からの脱出、さらなる地獄
それから、そのシゲさんには何度か尻を触られた。
俺が後ろを向いてるすきにカウンター越しに乗り出してきて、さわさわっと。
「!?????」
最初はあまりに想定外の出来事すぎて、ロクなリアクションが取れなかった。
2回目でやっと、おっさんに尻を撫でられているのだと理解すると、ぞわわっと鳥肌が立った。
しかし、この程度は夜のお店では冗談の一つなんだろうと思って「ちょっとー、止めてくださいよぉ」と苦笑いで対応したのだが、シゲさんはピクリとも笑わずにじっと見つめてくるだけだった。
いよいよ、俺は怖くなった。
カウンターにずらっと並んで座っているお客さんたち。
この人たちはおれとは違う常識を持っていて、この人たちの考えていることはおれには理解できないんだ、と思うと急激に不安になってきた。
それでなくても、初めてのバイト先で勝手が分からずてんてこ舞いの状況で。「次は何をすべきか?」と考え続ける状況の中、話しかけてくるお客たちの感情が想像できない。
おれはパニックになっていった。
たぶん、傍から見ても分かるほど様子がおかしかったのだろう。
少し客足が落ち着いたところで「大丈夫?」とマスターが声をかけてくれた。
ちなみに、マスターはまだママのままだ。おれもそろそろ現実を受け止めていた。このひとはママなのだと。
「ちょっと休憩にしましょ。着いておいで」
マスターは後藤先輩に「飲みに行ってくる」と店を任せて出ていく。おれも慌てて後を追った。
「お店の方はいいんですか?」
「こうして飲みに出るのも仕事のうちなのよ」
連れて行かれたのは、すぐ近くのダイニングバー的なお店だったので、おれは歓喜した。
「飯が食える!」と思った。
昼飯以降は何も食えておらず腹ペコだったおれは、マスターの気使いに感謝した。
ところが、マスターが席に座ると、すぐにお店の人たちと談笑が始まって注文を聞いてくれない。
なにも注文していないのに、焼酎のボトルと水割りセットだけは提供される。
「さあ、タっちゃんの歓迎会しましょ!」
マスターはちゃっちゃと水割りを作って、当然のようにおれに渡してきた。
おれは「すいません、実はおれ、めっちゃ酒よわいんですよ」と言って断ろうとしたのだが、「大丈夫。これは飲みやすいから」という理屈に押し負けて、水割りのグラスを受け取った。
水商売の世界に飛び込んできたのだから、酒のすすめを断るのは失礼なのかなとも考えた。
覚悟を決めて、ぺろっと口をつけた初めての焼酎は、消毒液の臭いがした。
しかし、そこで本音を言えば怒られるような気がして、
「どう、美味しいでしょう?」と聞かれると、
「本当だ、飲みやすいっすねえ」と答えるしかなかった。
その後も、苦しい、つらいと言い出すことができず、とにかく空きっ腹に焼酎を流し込んだ。
飲みやすくなる、美味しくなると言われて、キュウリを入れたり梅干しを入れたりしたが、何をやっても消毒液の臭いしか感じなかった。
とにかく焼酎を飲むのが苦痛で、早く切り上げて店に戻りたいと念じていたら「次に行くわよ」と言われた。
そうして行った先々の店でも、やはり飯が食えることはなく、出てくるのは飲み慣れない酒ばかりだった。
3件目でいよいよヤバくなり、トイレで吐いたが手遅れだった。
カウンターに突っ伏して動けなくなり、それでもおれは「すいません、すいません」と謝っていた気がする。
そのあたりで記憶はぷっつりと途絶えた。
【続・・・かない】
※追記
続きを書くのが面倒くさくなって、すっかり放ったらかしになってしまいました。
このまま放っておくと誤解・心配されてしまうので、オチだけ言ってしまうと、この後私はマスターの自宅にお持ち帰りされて、ベッドへ連れ込まれ貞操のピンチに陥るわけですが、決死の攻防の末に無事に脱出し、深夜の街へと逃走しました。
そしてこの話の大オチは、10年後に地元で聞いた噂話によると、友人トノがミナミのオネエ系のお店にいるらしい、とのことでした。
おしまい。
【注意】この記事には未成年が飲酒したり飲酒を強要される描写がありますが、これらの内容はすべてフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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