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多様な選択肢と文化を【日経COMEMOテーマ企画 #出戻り社員に期待すること】

日本的経営は長らく評価されてきた。たとえば、コンサルティング企業であるBCG(ボストン コンサルティング グループ)の設立にも参画したジェームズ・アベグレン氏は、戦後の日本の発展は終身雇用、年功序列、企業別労働組合にあるとした。終身雇用は同じ釜の飯を食う仲間という連帯感をもたらし、企業はイエとしての文化も持つと評価されることもあった。イエとしての企業は、ハイコンテクストなコミュニケーション文化も生んだだろう。暗黙知によってノウハウや情報を独占することで、企業内で優位な立場を築く労働者も少なくなかった。しかし同質的な企業内集団から、現在では女性や高齢者の活躍など、企業文化にも多様性が求められている。また2019年に発生した新型コロナウイルスは、マネジメントや働き方の変化を大きく迫っている。

日経COMEMOでは #出戻り社員に期待すること というテーマでの意見募集があった。

本テーマ「出戻り社員に期待すること」について、出戻り社員には当然期待するというのが私の回答である。しかし、なぜ出戻り社員に期待するのかについては、労働市場を概観し、出戻り社員により期待される効果を検討することで述べることにしたい。

(Googleトレンドで「出戻り社員」のインタレストを調べてみると、出戻り社員に対する注目は以前からあるようですね。)

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1 労働者の平均勤続年数、転職者比率等について

まず、厚生労働省から公表されている「平成27年転職者実態調査」をもとに、事業所における転職者の状況を確認する。同調査では、一般労働者がいる事業所のうち転職者がいる事業所の割合は35.7%となっている。産業別で転職者がいる事業所の割合をみると、「情報通信業」が48.7%、「運輸業・郵便業」が48.5%、「医療・福祉」が45.3%の順となっている。また、事業所別では、事業所規模が大きくなるほど転職者がいる割合が高くなっているとされている。

続いて、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」をもとに、一般労働者および短時間労働者の平均勤続年数を確認する。これらを表したものが下図である。

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一般労働者の平均勤続年数を確認すると、エズラ・ヴォーゲル氏の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が著された1979年には男性が10.3年であり、これ以降も平均勤続年数は上昇し、1986年から1995年にかけて12年台、1996年以降は13年台となっている。また女性は、男性と比較すると平均勤続年数は短く、2019年で9.8年となっている。これは、女性が育児等により労働市場を退出していたことなどが要因として考えられるだろう。今後、男性のさらなる育児参加や女性が子育てしながら働きやすい環境を整備することで、女性の勤続年数の上昇も期待される。

さらに短時間労働者の平均勤続年数を確認すると、男性では近年5年台、女性では6年台で推移している。短時間労働者の平均勤続年数について、男性が女性より短くなっていることは、社会・文化的背景も当然に考えられるだろう。

続いて、総務省「労働力調査」をもとに労働者の転職者数および転職者比率を確認する。2020年における男性の転職者数は、「15歳~24歳」(28万人)、「25歳~34歳」(34万人)、「35歳~44歳」(25万人)、「45歳~54歳」(19万人)、「55歳~64歳」(27万人)、「65歳以上」(13万人)となっている。一方、同年の女性の転職者数は、「15歳~24歳」(32万人)、「25歳~34歳」(39万人)、「35歳~44歳」(35万人)、「45歳~54歳」(40万人)、「55歳~64歳」(20万人)、「65歳以上」(7万人)となっている。55歳以上を除き、いずれの年齢においても男性より女性の転職者数の方が多いのは、雇用保障が弱い非正規労働者に女性が多いことも影響していると考えられる。また男性では35歳~44歳にかけて転職者数が大きく減少しているが、女性にはこのような傾向はみられない。女性の場合、25歳~34歳にかけて労働市場からいったん退出し、35歳~44歳にかけて再び労働市場への参加があることなども転職者数に現れていると予想される。

続いて、転職者比率(対前年比)を確認する。転職者比率を図に表したものが下図である。

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2020年にはいずれの年齢においても転職者比率(対前年比)は減少している。これは新型コロナウイルスの影響により企業業績の悪化が予想されたことや、景気の先行きの不透明感から労働者が転職活動を控えていたことなどが考えられる。転職者比率は景気と連動すると考えられるが、労働市場の流動性の低下は経済への悪影響も予想される。

2 労働者の働き方とスキル、賃金等について

仕事が機械に奪われるリスクが注目されるようになったきっかけは、Frey and Osborne(2013)だろう。「雇用の未来」では、米国において10~20年内に労働人口の47%が機械に代替されるリスクが70%以上という推計結果が発表された。さらに、2016年にはGoogle DeepMindが開発したコンピュータ囲碁プログラムAlphaGoと世界最強と呼ばれる韓国のプロ棋士イ・セドル九段の五番勝負で、AlphaGoが完勝したことでも人工知能の脅威が示されている。私たちの仕事は機械に奪われる可能性もあるが、ロボットをはじめとする技術によって、人が行っていたタスクをロボットが担い、人はこれまでより自由に、創造的な仕事に従事することもできるようになる可能性も考えられる。Acemoglu and Restrepo(2016)などでは、ロボットが遂行するタスクの割合は産業ごとにさまざまで、労働市場とのトレードがあるとされている。ロボットによって雇用を失う労働者に及ぼすマイナスの置換効果と、広く経済に行き渡るプラスの効果があるとされる。19世紀初頭の産業革命では熟練工による機械打ちこわしの「ラッダイト運動」が発生したが、ロボットによるマイナスの影響は、現代におけるラッダイト運動を発生させることもあるだろうと述べる者も存在する。

このような技術進歩とタスクの変化は、私たち労働者の働き方をこれまでと大きく変えるだろう。RPG『ドラゴンクエスト』ではレベル1からはじまり、レベルが上がることで新しい呪文であるホイミを覚えたり、新しい技を使用できるようになる。仕事に置き換えると、年齢とともにさまざまな仕事を経験し、仕事の能力が上がる職能型のイメージである。しかし現代は、呪文や技の陳腐化の速度が加速している。職能型のほかに、職務をベースにした制度を取り入れる必要もあるだろう。日本のサラリーマンは勉強しないと言われることもあるが(リクルートワークス研究所の調査によるとサラリーマンの一日の平均勉強時間は6分とされている)、自ら進んで勉強し、人的資本への投資をするビジネスパーソンを増やすことも課題だろう。

労働者の働き方を変えるためには、賃金のあり方も柔軟にすることが求められる。Lazearの研究では、「後払い賃金」が示されている。若い労働者の現在の賃金は低く抑えられ、将来高い賃金が支払われることで企業は労働者からの努力を引き出す。後払い賃金からは、終身雇用や年功序列が説明しやすい。職能型だけでなく職務型をベースにすることで、賃金制度も変化を迫られるだろう。1では転職者比率などを確認したが、これらの変化は転職者や出戻り社員の活躍にもつながるだろう。

また、『ドラゴンクエスト』ではルイーダの酒場で仲間を集め、冒険の旅に出る。出戻り社員の増加は、冒険の旅を楽しく、新たな刺激をもたらすものであると期待される。

3 出戻り社員により期待される効果

1および2では転職などについて確認し、出戻り社員の活躍には職務型をベースとする制度や賃金のあり方の柔軟性が求められるのではないかと述べた。ここでは、経営学の視点から出戻り社員により期待される効果について考えてみることとする。

経営学には「両利きの経営」と呼ばれる考え方がある。チャールズ・A・オライリー氏とマイケル・L・タッシュマン氏によるこの考え方では、認知の範囲を広げていく「知の探索」と一定分野の知を継続して深掘りし、磨きこんでいく「知の深化」がイノベーションに有効であるとされている。

長期に渡って同一企業で働く労働者は「知の深化」がより期待される。一方、(同一企業内で働き続ける労働者であっても外部ネットワークを多く持っている者も存在すると考えられるが)出戻り社員には外部ネットワークを持つことによる「知の探索」がより期待される。企業の資源には財務資源や人的資源などがあり、企業の生産性はこれらの資源をどのように活用するかが問われる。企業の競争優位のためには、内外のネットワークというつながりを活用することも今後重要になると考えられる。

さらに、企業だけでなく地域もつながりの強さは重要だろう。SansanのDSOCではコロナ禍における都道府県間の「つながりの強さ」の変化を示している。

コロナ禍においては、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションや移動の制限がなされることで、つながりの強さの低下もみられる。都市は人や物、資金、アイデアなどが集まって、生産性を向上させることで大きく発展してきた。

企業の内から外、外から内、都市から地方、地方から都市への移動に自由があることで生産性は向上し、企業も都市も発展すると考えられる。制度の柔軟性はつながりの強さを変え、多様性のある文化をもたらすことが期待される。

4 おわりに

世界経済フォーラムが発表したジェンダーギャップ指数2021では、日本は156カ国中120位となっている。特に、経済では117位、政治では147位と男女の格差が大きくなっている。ジェンダーギャップ指数に限らず、働き方や生活などにおいても選択肢の拡大は重要だろう。同質的な集団による圧力から、多様性のある文化を築くことは生活の質の向上にもつながる。

現代は変化の激しい時代だ。未来は誰にも予想できない。しかし多様な選択肢や文化は寛容さをもたらし、私たちの生活を豊かにすることは間違いないと考えられる。


【参考文献】
■厚生労働省「平成27年転職者実態調査」
■厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
■総務省「労働力調査」
■「アセモグル & レストレポ「ロボットと雇用:アメリカからの証拠」」『経済学101』2018年2月13日
■カール・B・フレイ(2020)『テクノロジーの世界経済史:ビル・ゲイツのパラドックス』村井章子、大野一訳、日経BP
■チャールズ・A・オライリー=マイケル・L・タッシュマン(2019)『両利きの経営:「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』入山章栄、渡部典子訳、東洋経済新報社

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