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霞 ~11.再び音~

丘の上の檜の背後には、見事な青空が広がっている。気温も上がり始めたようだ。内湯で軽く互いに背中を流し、休憩室へと入る。室温は16℃、火照った体には気持ちいい。緋乃が湯飲みを温めた湯を外に捨てに行こうとドアを開けると、入ってきた空気はあっという間に部屋の温度を1℃下げた。
大袈裟に震えながら戻ってくると、
「お茶で我慢!」
そう言いながら、急須にポットのお湯を注ぐ。いい香りだ。これで嗅覚も一応満たされた。熱いお茶を一口すする。かすかな甘味と渋さが口の中に広がり、味覚も満たされた。ゆっくり飲み込み、喉の渇きを癒す。

「さっき車の中で、『もう聞こえなくなった』って言ったけど、何のこと?」
覗き込んだ私の目を見ないまま、両手で包んだ湯飲みからゆっくり口を離し、ほーっと息を吐いた。
「“カタカタン、カタカタン”って。わかる、これなんだか?」
「ちょっと待った。質問したのは僕だよ。」
「ごめん、ごめん。フェリーのこと、話したでしょう。周りの景色が見えるから旅情を感じるっていう風に。同じ理由でドライブも列車の旅も好き。でも、列車が一番“距離”と“スピード”を感じれるんじゃないかな。ドラマでの旅立ち、別れのシーンにはよく列車が使われてるし。」

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恋愛感情の描写よりも、女性の強さ畏れを描いてみました。自分の失敗談も含めてこんな出会いがあってもいいかな、と。

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