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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#95 超えろ! 板前の腕前を

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜はいつになくお疲れのようですね。目がくぼんでますよ。スーツもよれよれで、大丈夫ですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。前職の機械関係の展示会があっておととい顔を出したら、あいさつするだけで一日じゃ終わらなくてさ。昨日、今日と朝から出かけてたんだ。おかげで名刺入れはパンパンで、途中から入りきらなくなって、輪ゴムで括ってるんだ。上着のポケットが輪ゴムで括った名刺で膨らんじゃって大変。えらい人出で会場内は暑くて、上着を脱いでも大汗かいて歩いてたよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「シシャモの天ぷら」ってマスター、ここはバーじゃなかったっけ。まぁいいか。マスターがシシャモって書くってことは、カラフトシシャモのカペリンじゃなくて、北海道産の正真正銘のシシャモってこと? へぇー。いつだったっけなぁ、そうそう福井の小浜で焼きサバ定食が有名な定食屋に行ったときに、隣のテーブルの客がシシャモ定食を、うまいうまいと食べてたんだ。「さすが、カペリンとは違う!」って。マスターには前にも話したよね。「私オオサカなんですけどね…」と話しかけられた件。オレもいつか再訪して食べようと思ってたら、何年か前に店じまいしちゃってねぇ。食べると言えば思い出すよ。この前完成したギョーザが有名な中華料理チェーンの件を。マスターの腕も確かだけど、板前の腕前を再現するのって、難しいんだよなぁ……。


 まだ正式発表の前だから大声では言えないんだけどさ。マスターも知ってるギョーザが有名な、中華料理のチェーン店があるじゃない。そこの案件が、ちょっと前に完成したんだ。そうそう、タイショーだとかギョクショーとかに似た呼び名の。しーっ! 口に出しちゃダメだって。他の人に聞かれちゃまずいから。

 チェーンの本部に呼ばれたのがいつだっけな。去年の秋ごろだっけなぁ。オレが呼ばれたのは2度目だけど、そこのチェーンがロボット入れようって考え始めたのは、かれこれ10年ぐらい前かららしいんだ。もちろんその時は、食器洗いから乾燥、棚への収納なんかがメインテーマだったらしい。そこはうまくいったらしいんだけど、2度目の挑戦からは、またテーマが変わった。

 2度目は焼き飯、つまりチャ-ハンの自動調理だった。チャーハンって、作ったことがある人には分かるだろうけど、パラパラでふわっふわに作るのは、中華の板前でもなかなか難しいんだ。でもチャ-ハンは、別のチェーン店でも自動化は成功してて、既存のノウハウが使えたんで、それほど大変じゃなかった。そのチェーン店の味に、いかに近づけるかだけがキモなだけでね。

 飲食店って、この前のコロナ騒ぎで営業時間の制約とか、店や店員への衛生管理とかに手間がかかって、多くの店で店員やアルバイトが集まらなくなってたんだ。コロナ騒ぎが収まって、戻ってくれるかと思ったら戻っくれなくて、店が立ちいかなくなるほどなんだ。

 で、そのナイショのチェーン店は決断したわけよ。いかに少ない店員だけで回せるかに挑戦しようってさ。テーブルへの配膳はヒト型ロボットにするとか、決済はタッチパネルで、とかね。でも最後まで手を付けられなかったのが、板前の腕前だったんだ。

 中華ってさ、調理場で板前が中華鍋を振って手際よく調理するのも見せ物のひとつでしょ。調理の後はささらたわしでささっと洗って、また次の料理を作るって。焼くのも炒めるのも蒸すのもぜ~んぶ中華鍋。それをこなすのが、中華の板前の腕の見せ所なんだ。丸太から切り出したような分厚いまな板に、でっかい中華包丁を振り回すのも、おんなじだよね。

 3度目の今回のミッションは、まさにこの板前の腕の領域に迫らなくちゃ、いけなかったんだ。チャーハンこそ2回目で完成させたけど、そのほかの炒め物や揚げ物なんて、熟練の板前に目の前で何度挑戦してもらって再現しても、データがまとまらないんだ。

 肉や野菜の焼き色を見ながら火の通し方を変えて、中華鍋への火の当たり方を変えてとか、統一的なデータを取りようがないぐらい、板前の頭にはいろんなデータの蓄積が詰まっている。それに、その日の気温や湿度、季節によって微調整も加わってる。しまいには天井にカメラを固定して、板前の目にはゴーグル型のカメラ、そこに気温や湿度、天気をリアルタイムで表示するとか、できること、考えられる要素はすべて盛り込んでデータを取った。

 たとえば回鍋肉だと、その板前に事前に使う食材を並べてもらい、レシピを事前に申告してもらい、その後に調理を再現してもらう。材料に下味を付けて、調味しながら鍋を回し、加熱の火加減、鍋から皿に盛るタイミング、調理後の鍋洗いまでの作業を、ずっと記録していったんだ。

 炒め物だけでも、中華料理は回鍋肉や青椒肉絲、マーボー豆腐とかいっぱいあるし、火加減や具材の混ぜ方、入れるタイミングなんかもそれぞれ違う。結局のところ、それらしい料理にはなるけど、ロボットに作らせたものを食べてみると、板前の味には到底かなわないんだ。何かが違う、このわずかな違いをいかに見つけて修正するかが、一番の課題だったなぁ。

 結局は、一つ一つのメニューの作り方をパソコンで解析して、半年ぐらいかけて板前の鍋振りを研究して、同時に加熱する温度や時間、鍋の回転速度や回転する方向までコピーを続けて、ひとつひとつプログラミングするしかなかった。
 
 同時並行で、オレは導入するロボット選びも進めてた。ドラム式とかコンベヤー式とは、いろいろ試しながらね。ロボットの横に端末画面を置いて、注文されたメニューに合わせて「肉を入れてください」「ピーマンを入れる」「続いてキャベツを入れる」とかの指示を表示できるようにしてね。

 当初はそこまで自動化する予定だったんだけど、システムの構築にカネがかかるのと、設備が大きくなりすぎて、既存の店舗の厨房に納まらなくなる可能性が高くなったんでやめた。その代わり、指示にさえ従えば、料理なんて一度もしたことがないアルバイトでも、板前並みのいっぱしの料理をだせるまでになったんだ。実際には、配属前に研修はするんだけどね。

 調理時間は板前ととほぼ同じ。ベテランでも新米のバイトでも外国人でも、ちなみにこのオレでもさ、指示さえ守れば同じように調理できるようになったんだ。これまでそのチェーン店では、1人前の板前になるまでの研修に、短い人でも半年かけてたんだ。その半年は、調理以外の作業をさせながら、日東や時給を払い続けるわけだからね。

 ロボットの操作だけなら、研修は2,3時間で済んじゃう。ちなみに、鍋洗いだって自動でやってくれる。ちなみに、人手だと3リットル使う水が、ロボットだとその半分以下で済むことが分かったんだ。これは逆にロボットから教わったと、調理データの取得やティーチングに協力してくれた板前も苦笑してたよ。たかが水の量だけど、300店を超えるチェーン店全体にすれば、結構な節水効果になる。

 それに、中華料理はこれまで、家庭用よりも火力が大きい業務用のガス器具を使っていたけど、ロボットは電磁調理だから、これまでのように厨房が暑くなら、労働環境の改善にもつながったんだ。それに……、これは秘密だから話せないなぁ。他の現場にも転用できそうだから、これは絶対ナイショ。

 それに、そのナイショのチェーン店は中華が有名だけど、傘下にイタリアンとかサンドウィッチとか、別の料理のチェーン店ももっているんだ。そちらへの技術の転用も、今後考えていて、ウチに任せてもいいかって言われたよ。もちろん二つ返事でOKしたけどね。

――どんな仕事にも、職人技ってありますからね。板前の腕前まで分析されちゃうなんて、同業の私は戦々恐々です。でも、そうした仕事まで自動化しないと、働き手が減っていくこの国では回っていかないところまで来ているんでしょうねぇ。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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