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ミュージカル「カムフロムアウェイ」感想━自分が平穏な場所にいる時も忘れたくない「あなたも同じことをしたでしょう?」

 ミュージカル「カムフロムアウェイ」を見ました。実は見る前にものすごーくこの作品に対してモチベが下がる出来事があったのですが、それでも来れてよかったです。年の初めに大きな災害があり、世界で大きな戦争が起こり、明日を不安に感じる出来事が多すぎる今見れて本当によかったです。今年あと何作観劇しても、きっとこの作品は5本指に入るだろうなと確信しています。

主役12人!個人的に好きになったのはビューラ

 9.11の同時多発テロ後、アメリカ国内の空港に着陸できなくなった多数の飛行機が、カナダの小さな島に急遽着陸することになりました。パニック映画さながらになってもおかしくない状況で、不安でいっぱいの飛行機の乗客と、不安でいっぱいの地元の人々がさぐりさぐりで交流していく物語です。

 実話を元にした話ですが(だからこそ)、脚本を深めるために設定したかのように様々な属性の人が様々な状況に直面します。英語がわからない人。中東系の人に対して疑心暗鬼になるアメリカ人。田舎の島で偏見を持たれないかビクビクするゲイカップル。息子と連絡がつかないおばあさん。薬が必要な人。ペットたち……。これらの人々と、彼らを迎え入れる人々を、12人の俳優が変わるがわる演じていきます。まるで、大編成のオーケストラ曲のような複雑さでした。

 ミュージカルを見ると大抵メインキャラクターが歌い上げるソロナンバーが印象に残りますが、ソロナンバー自体そもそもものすごく少なかったです。濱田めぐみさんが歌ったMe and the Skyくらい?他にありましたっけ…?安蘭けいさんと石川禅さんのデュエットはあったか。とにかくあとはほぼ全部みんなが緻密に数音、数フレーズずつ歌い繋いでいく曲でした。

 ひとつのボタンの掛け違えで大変なことが起きそうな実話を、ひとつのボタンの掛け違えで崩壊してしまいそうな方式の演劇で演じる。全くみたことがない構造の作品でした。

 そんな感じで、とにかく作品自体を成立させるまでが大変そうで、あれを緻密に最後まで演じるだけで200点!という作品なのですが、その次元を遥かに超えて登場人物ひとりひとりの心情が確かに感じられて見事でした。しかも、人によってウェイトの差はありますが、ほとんどのキャストがメインの1〜2役とその他複数の役を演じていました。その切り替えも素晴らしかったです。

 わたしは、柚希礼音さん演じるビューラというキャラが1番好きでした。他の女性キャラに比べて個性は薄めで、等身大のように見えるけれど、こういう人こそ緊急事態の避難所のような場所で最も偉大だと思いました。他の女性キャラは「アメリカンエアライン初の女性パイロット」や「赴任した途端大きな事件をレポートすることになったテレビ局の新人」「誰も顧みない飛行機に乗っていた動物たちを助けようとする動物愛護協会のスタッフ」「テロの現場に向かったかもしれない息子と連絡が取れるのを待ち続けるおばあさん」「たまたま隣に座った人と仲良くなって結婚まで至った人」など、なかなか強烈なラインナップでした。

 舞台となるニューファンドランドは、飛行機がそこで燃料を補給しないとヨーロッパからアメリカへ渡ってこれなかった頃の名残でたまたま大きな空港があります。飛行機がニューファンドランドを経由しないと大西洋を渡りきれない時代はとっくに終わり、空港は解体されるのか?とすら言われていました。そんな折、住民たちにとっていきなり住民と同じくらいの数の人を受け入れることになったのは青天の霹靂です。しかし、受け入れ施設となった小学校の先生であるビューラは、明るくてきぱきと状況に対応していきます。田代さん演じるエジプト人男性への偏見が抜けきらなかったり、森公美子さん演じるハンナというおばあさんに無計画に話しかけていたりと、張り切っている人らしい融通の効かなさやウザさもリアルでかわいらしかったです。ハンナの不安に誰よりも寄り添ってくれるのは結局こういう普通の人だよな……という説得力もよかったです。

 「普通の人」ばかり何人も登場させてもミュージカルにはなりませんが、「個性的な人」ばかり描いていてもミュージカルになりません。というか、飛行機側にも、地元側にも、こういうちょっと勇気のある「普通の人」がたくさんいたからこういう物語ができたんだろうと感じられるあったかいキャラクターでした。私は2019年から宝塚を見始めた新参者なので柚希さんの男役時代を映像でしか見たことがないのですが、ロミオや伯爵夫人よりもどっかにいそうなお姉さん的な役の柚希さんがとても好きだと感じました。

 ハンナがビューラに電話をかける時「もしもし、急に電話してごめんなさい。話を聞いてほしいの。息子が死んじゃったの」とかではなく、「…………あの子死んじゃった。おしまいよ。」という掛け方ができた。つまり何よりもつらい事実を聞かされて最初の行動としてビューラに電話をかけてしまうことができたのは、あの張り切っててチャーミングで、何かしなきゃ!というリアルな体温にあふれた柚希ビューラだったからだよな……という説得力がよかったです。

 ビューラ役の人の担当箇所は、他の役者と違ってビューラ以外としての出番が少なめでした。全員で飛行機の中のシーンや管制塔のシーンをやる時以外はほとんど全編ビューラで、大きなソロもないけれどここぞという時に締める(例えばWelcome to the Rockの「7000人!」など)、支柱のような役割に見えました。私自身が学生時代に吹奏楽部やオーケストラで、目立つソロや主旋律は少なく、ハーモニーやリズムの基準になる音をずっと鳴らしているタイプの楽器を担当していたからでしょうか。ビューラのポジションを重要じゃん……と感じました。

 全員を褒め称えたいくらい一人一人がいないと成立しないし全員がすごい作品でした。エジプト人のアリがやっと静かにお祈りをすることができたシーン、加藤和樹さん演じる都会でしか暮らしたことがないであろう青年の成長、濱田めぐみさん演じる女性機長の圧倒的な仮称ももちろん印象に残りましたが、いい意味で演劇的でない役を肩の力をぬいて演じられていた柚希さんを好きだとあえて言いたいと思いました。でも、ひとりひとりが欠けてはならない歯車で、全員が本当に素晴らしい上で、わたしはビューラがとても好きになったな、という感じです。

どうしようもない現実に遭ったら?どうしようもない現実を起こしたのは誰?

 もし島の人々にとって空港がいまでもフル稼働している生活の一部だったら、全く別の物語になっていたかもしれません。外国語に堪能な接客業の人が多かったかもしれないし、中東系の人々を見慣れていたかもしれません。学校や教会を開放しなくても宿泊施設があったかもしれません。しかし、すでに空港は島にとって過去の時代のもので、観光客を受け入れ慣れているわけでもない中飛行機がたくさんやってきました。まるで本当の自然災害のようです。

 能登で地震が起こり、さまざまな問題が噴出しました。避難所に生理用品が足りないと言った人たちがなぜか安全な場所にいる人にSNSで叩かれていました。今作を見た方の中には、SNSで避難所の居心地の悪さを訴える人をバッシングする人々に「ガンダーのひとたちを見習え!」と言ってやりたくなった方もいるのではないかなと思いました。

 わたしは、2024年の日本人と2001年のガンダーの人々の違いは何もないように感じました。たしかにバーベキューグリルを持っていっても誰も怒らなかったり、隣の国のために黙祷を島全体が捧げたりという暖かさが描かれましたが、これは島の人々が特別暖かく、都会の人々が冷たいからという意味で描かれたのではないと思います。島で暮らす人の中にもストライキを起こすなど現状に不満を抱く人がいました。ストライキを起こしたバス運転手が「それとこれとは別だ」と言いながら協力する様子を見て、いい意味でこの運転手に特別情け深いとも想像力があるとも思えず、「ああ、災害の時は助け合いの精神が芽生えるとかの以前に、とにかく対処しないといけないとてつもない現実があるんだな。やっていくうちにあとからやるべきことが見えてくるんだな…そこから思いやりだの想像力だのが発生するんだな…」と感じました。ガンダーの人たちにとって大量の飛行機の着陸は、たまたま自分ごとになった惨状であり、とにかく対処するしかなかったのでしょう。そしてそうしていくうちに、バーベキューや黙祷が起こったんじゃないかとわたしは思いました。

 ガンダーの人々に対してこのように感じて、「自分が安全な場所にいる時に目にした遠くの惨状に目をむけて渦中にいる人を思いやりたい……」と思いました。カタストロフの渦中に放り投げられた人を見せて、いつか観客が渦中の人となった時のためのささやかな支えになれる作品だなと思いました。浦井さん、ぶっきらぼうな運転手とひどい状況のなかでも楽しめることを探そうとする社交的な会社経営者の演じ分けが素晴らしかったです。

 そして、ここまでガンダーのひとたちにとって自然災害のようだと言いましたが、9.11自体は自然災害でもなんでもありません。アメリカという国が他の集団を踏み躙ったからこそ受けた報いです。アメリカが他国民も自国民と同じ人間であるともっと早く気づいていたら、アリは屈辱的な思いをしなくて済んだし、ハンナは息子を失わなかったはずです。

 そのための基礎の基礎が「あなたも同じことをしたでしょう?」なんだなと感じました。目の前でどうしようもない現実に直面している人がいたら、初めて会った人だろうが他の宗教の信者だろうが見てみぬふりはできなかった。なんとか対処した後に言う「あなたも同じことをしたでしょう?」の精神を平時にも持っていたいと思いました。

出会えて良かったと言ってもいい?

 これまで、時勢にあった作品を見ると「この作品が今上演されているの、すごい……」と感動していました。昨年1番これを感じたのは「ドリームガールズ」でした。映画版でディーナを演じたビヨンセではなくハリースタイルズがグラミーのアルバム賞に選ばれ、黒人女性はまたしても小さな賞に追いやられるのだと多くの人が落胆した直後に私はドリームガールズという物語に出会いました。

 ディーナたちを取り巻く状況と同じ構図の問題が現代にも根強く残り、どうして何も変わっていないんだろうというやるせなさとその問題に目を向けようという決意をくれたドリームガールズが、いま日本で初演されて良かったと思いました。

 しかし、なんだかこのような捉え方は間違っていたんじゃないかとカムフロムアウェイを見て感じました。誰かの苦しみを消費していたような罪悪感といいますか、居心地の悪さを感じました。この作品に出会えて良かった、見られて良かったと確かに思ったけれど、まだ生々しく覚えているひとが生きている20年前の出来事によって作られた物語であり、その人たちの苦しみがなければこの物語は生まれなかったはずで。まるで、ダイアンとニックのように、出会えてよかったと言っていいんだろうか、というような気分になりました。また、自分は黒人女性が業界で追いやられることよりも、災害大国の住人として明日突然帰れなくなることの恐怖を生々しく受け取ったのか……とも感じ、面食らいました。

 ところで最近、陸前高田市立博物館で放送された「ニコニコ美術館」のエンディングで、被災して同僚をたくさん亡くした学芸員さんが、博物館の修復や再開館に尽力してくれた他館の学芸員さんに「地震がなかったら先生とは出会えなかった」とおっしゃったのが大変印象的でした。

 大きな声でこの作品に出会えてよかったと言っていいのか。この感覚は持ち続けたいと思いました。


番外編 ホリプロへのクレーム

 冒頭で少しだけ言及した、この作品を見るモチベーションが下がった出来事について書かせてください。

 U25チケットの最初の先着の時間帯にどうしても参加することができず、そのうち戻りとかないかな…と様子見したものの、そんな気配もなかったので一般料金で買いました。その直後にU25が再販売され、かなり疑問に思いました。結果的に何度も見たくなる素晴らしい作品ではあったものの、悪い印象も残りました。

 また、作品関係者が他社作品を下げるようなSNS投稿をしていた件もかなり気分が悪かったです。とても楽しみにしていた日本オリジナル初演作品が制作都合で初日延期になった直後だったということもあり、かなり怒りが湧きました。

 こういう興行主の無神経さが作品そのものの思い出に泥を塗るということを主催は認識してほしいと心から思います。

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