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亡き姑からの手紙

姑が昔ー

寝付いたままの布団から両手を出し、

じっと眺めては

痩せたその手を片方の手で包み

あぁ、こんなになっちゃったわねぇ、と

わたしの前で寂しそうに笑ったのだ

姑はその頃、まだ六十半ばー

わたしは若い者特有の無礼な精神もち

その年で、まだ手を悲しむの?と

正直そう思ったのだ

姑が遺してくれた手紙がある

嫁のわたしにだけ、彼女はしたため

それはそれは長く美しい筆文字で

内容はといえば、

夫への嫉みや不満であったり

そう、姑は最期までただひとりの

おんな、妻でありました

夫たる舅が他の女性と笑顔で言葉交わせば

”わたしのときより、何て素敵に微笑むの”

そう憤怒し、孫たちの前でも

夫をなじり、手もあげたのだ

舅が

”もうあなたの前では一切、女性とは話さん”

と告げー

実にそれを遂行したのちは

”何て大人気ないのですか、挨拶もしないとは”

そう詰り

舅は頭を抱えてらした

嫁たるわたしに伝えたかった唯一のことは

おそらく、夫への感情ではなく

この家を頼みますとの願いだったとは思うのだ

しかし

彼女の熱い想いこそが

わたしの裡に脈々と

血液に馴染むように

残り、在りー

おかあさん、あなたの息子は

あなたの夫のように、笑顔振り撒く男と成り果てておりますよ、と

彼岸に行けば

何時の日か、そう二人でせいぜい悪口でも

お話しましょうか

黄ばんだ封書

姑の文字、想いは

わたしの宝なのである

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